「いやぁ、良かったですねぇ、今日の試合。久しぶりに興奮しました。まるで、『PRIDE』を観ているような気分でしたよ」
 さいたまスーパーアリーナを出て駅に向かって歩いていた時、格闘技観戦をライフワークにしている知人が駆け寄ってきて、顔を輝かせながら、私にそう言った。5月11日、『DREAM3』が終わった直後のことだ。
 私も彼と同じ気持ちだった。
 アリーナが満席になったわけでは無かったが、場内には熱気が漂った。過去2回の大会では感じることのできなかった「熱」が『DREAM』に確実に生じていた。そのことが、格闘技好きとして嬉しかった。
 エディ・アルバレスとヨアキム・ハンセンの試合も良かったが、この大会に「熱」をもたらしたのは、『DREAM ライト級GP2回戦』の宇野薫×石田光洋戦である。『HERO’S』の主役的存在であった宇野と『PRIDE武士道』のリングで頭角を顕した石田。ともに敗北は許されない闘いだった。宇野がGPトーナメントに2回戦から登場することの是非などは実は、どうでもいい話で、つまりは、敗れた者が、ここまで築き上げてきたリング上での地位を失うことになる……そのことがファンを熱くさせた。外国人選手と闘う時とは異なる緊張感を両者が抱き、それが観る者にも伝わっていた。
 総合力を考えれば、宇野が上位にある。過去の実績、経験値、ともに上回っている。しかし、石田には勢いがある。試合時間は僅かに15分……タックルを武器とする彼が、テイクダウンを決めて試合の主導権を握ったならば、そのまま押し切ってしまう可能性もあろう。私も勝敗の行方を固唾を呑んで見守った。結果、勝利したのはチョーク・スリーパーを極めた宇野。石田はタップを余儀なくされての惨敗だった。

 珍しく試合前の入場シーンで宇野が感情を剥き出しにし、叫んでいた。一度敗れているハンセンとの再戦であっても、他の強豪外国人選手との闘いであっても、宇野は、そんな気持ちにはならなかっただろう。
 敗れた後に失う物が、より多い宇野の中に、「Must Win Situation」(絶対に勝たねばならぬ状況)が生じたのだ。そのことが、観る者を、これほどまでに熱くさせたのである。

 その7日後、有明コロシアムで『戦極』第2弾を観た。「熱」を感じることはできなかった。『戦極』の旗揚げ戦には、生じていたはずの「熱」が消えていた。イベントのエースと目されていた吉田秀彦がジョシュ・バーネットと闘った一戦には、覚悟が感じられた。だが、そこで勝利したジョシュの次なる対戦相手が、練習相手で格下のジェフ・モンソンであるなら、最初から観る者に緊張感を与える要素など存在していなかったということだろう。
 以前に、このコラムで私は書いた。
 オープニングマッチにおいては『DREAM』よりも『戦極』に『PRIDE』的な「熱」を感じた、と。しかし、ここにきて逆転した形だ。
『DREAM4』(6月15日・横浜アリーナ)での青木真也×永田克彦戦には、宇野×石田戦と同じ「熱」が生じる予感がある。けれども、『戦極』第3戦の吉田の対戦相手が、既に全盛期を過ぎている46歳のモーリス・スミスというのは、どうなのだろう。ここで吉田とジョシュのリマッチなら熱かったと思うのだが。ネームバリューのある選手が登場するだけでは観る者は納得しない。求められるのは、闘う前にファイターが極度の緊張状態に陥るであろう苛烈なマッチメイクなのである。それこそが、アリーナに「熱」をもたらす。


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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜(文春文庫PLUS)』ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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