「ゴールデンボーイ」オスカー・デラホーヤにとって、昨年5月のフロイド・メイウェザー戦以来となる試合、そして引退までのカウントダウン第1弾となるビッグイベントが今週末に迫っている。
(写真:黄金の男・デラホーヤの行くところはどこでも華やかな空気に満ちあふれる)
 対戦相手は元世界Jライト級王者のスティーブ・フォーブス。デラホーヤの相手としてはやや役不足のため、試合はペイパービュー(PPV)放送ではなくHBO(CATV局)での生中継。デラホーヤがPPVではない試合をこなすのはこれが7年振りのことになる。さらに会場となるカリフォルニアのホームデポセンター(普段はサッカー場)の入場料も、最低25ドルと安価に設定された。
 結果として、この試合は3万人前後の大観衆を集め、今年最高のテレビ視聴率を稼ぐことが確実視されている。

「来年に試合を行なうつもりはない。今週末の試合を含めて今年中に3戦して、頂点に立ったまま引退する。チャンピオンとしてリングから出て行くんだ」
 そう語るデラホーヤは、このフォーブスを退けた後、9月にはメイウェザーとのリターンマッチに臨む予定になっている。さらに12月にもう1戦を行なって、そのまま引退。この最後の3試合のどれもが、「デラホーヤ・フェアウェルツアー」の一環として盛大なイベントとなるはず。
 90年代中盤以降、世界ボクシング界を支えて来たスーパースターは、万雷の拍手の中でついにリングを去ろうとしている。
(写真:現役最強ボクサー・メイウェザー(左)との再戦はすでに9月に内定)

 このデラホーヤの評価、印象というのは、日本のファンにとってはやや微妙なものであるのかもしれない。
 Jライト級からミドル級に至るまで順調にタイトルをコレクトしていった選手だから、名ボクサーであるに違いない。だが対戦相手を慎重に選びながら進んで行く姿は、ボクシングを「武道」として考えている感のある日本のファンには受けが悪かったように思える。「ボクサーというよりもビジネスマンに思えて魅力がない」なんて悪口も聴いたことがある。

 またボクサーとしての能力を見ても、ロイ・ジョーンズやメイウェザーのような非日常的なスーパーパワーを備えているわけではなかった。適応能力とクレバーさを駆使して、目の前の試合を何とか勝ち切る。それが出来ることも尋常ではないほど凄いのだが、試合ごとにファイトスタイルまで変えてしまうため、逆にスケール感のなさを感じさせることも多かった。そしてその変幻自在戦法も、ティト・トリニダード、シュガー・シェーン・モズリー、バーナード・ホプキンスといった同世代の実力者たちには通じなかった。
 総合的に見て、デラホーヤは近年を代表するボクサーではあったが、「我らの時代の最強ボクサー」ではなかった。常に本格派を求める日本でやや評価が低いのも納得できるところではある。

 ただその一方で、自身のスター性を最大限に活かして、この選手が世界ボクシング界にもたらした好影響は否定すべきではない。
「ファンは認めたくないかもしれないが、デラホーヤが去った後のボクシング界を考えると不安になる。これまでもこの業界は基本的にマニアックな世界だったが、“ゴールデンボーイ”の試合時だけメインストリームの脚光が浴びせられた。それがあったから、他のスター選手たちも後光を浴びて輝けた。だが来年以降は、1年365日を通じてカルトな競技となってしまうかもしれない」
 米で最も権威のある専門誌「リング」のエリック・ラスキン氏はそう語る。

 実際に過去10年のアメリカでのデラホーヤ人気は凄いものがあった。
 もちろんアメリカ人もデラホーヤが「最強ボクサー」ではないことは充分に認識している。だが基本的にスポーツをエンターテイメントとして捉えているこの国では、サービス精神に溢れ、より豪華なイベントをファンに届けようとするデラホーヤの姿勢は好意的に受け入れられた。持ち前の甘いマスクとスター性も相まって、ボクシングを超越する人気を勝ち得ることに成功したのだ。

 メイウェザー、モズリー、ホプキンスといったライバルたちも、ピンではスーパースターにはなれなかった。デラホーヤと対戦することで、彼らは大金と自身の知名度を手に入れた。そしてボクシングファンも、デラホーヤのおかげで、大イベントの快感とこのスポーツの露出の多さを楽しむことが出来た。
 好き嫌いは超越した部分で、デラホーヤが中心にいることによって、その周囲にいる誰もが輝けたのだ。

 それほどの人気ボクサーが臨む、現役最後の3試合———。
 今週末にフォーブス、9月にメイウェザーと戦って、12月の引退試合の対戦相手は未定だという。最後の相手にはパッキャオ、コットらが有力候補となっているというが、個人的にはぜひともここでフリオ・セサール・チャベス・ジュニアと拳を交えて欲しいと思う。
(写真:ラストファイトの相手にはミゲール・コットが選ばれる可能性もある)

 デラホーヤ自身も、90年代後半に黄昏期にあったメキシコの英雄チャベスと2度対戦し、2度ストップした経験がある。伝説的なボクサーを破ったことで、若きゴールデンボーイはキャリアにハクを付けることに成功。その後、スターヘの階段を快調に駆け上がっていった。

 時は流れ、いまのデラホーヤは当時のチャベス父と同様に引退間近。同じ時期にチャベスの息子が連勝街道(36勝(29KO)無敗1分)を驀進し、世界戦線に近づいている事実は、何やら運命的なものを感じさせる。
 今後、デラホーヤはフォーブスを難なく下し、メイウェザーにはさほど傷つかない形で再び敗れるはず。一方のチャベス・ジュニアも無難に無敗を守ってくるだろう。そして今年最後にチャベスの息子とデラホーヤが激突すれば、それはゴールデンボーイの引退試合として申し分ない因縁カードとなる。興行的にも爆発的な成功は間違いない。もしもそこで、成長著しいジュニアがある程度明白な形でデラホーヤに引導を渡せれば……。
(写真:フリオ・セサール・チャベス・ジュニアとの対決が実現すれば爆発的な話題を呼ぶだろう)

 繰り返すが、オスカー・デラホーヤは決して完璧なボクサーではなかった。
だが、彼がいなくなって初めて、私たちはその存在の真の大きさを計り知ることになるのかもしれない。周囲に明かりを灯す、ミスター・サンシャイン。ある意味で、唯一無二の男だった。

 願わくば彼が本当に舞台を去ってしまう前に、もう一度だけそのスター性の恩恵を誰かに味合わせてあげて欲しい。彼の跡目を継ぐ(可能性がある)、新たな時代のリーディングボクサーを生み出して欲しい。
 チャベス・ジュニアがそれになれるかどうかは分からない。だが、可能性の種を蒔いてくれるだけでも、少なくとも楽しみは増える。
 そんな淡い期待を抱きながら、近年稀に見る人気ボクサーの、最後の3試合を見守っていきたい。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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