昨年12月に行われた野球の北京五輪アジア地区予選におけるハイライトシーンといえば、台湾戦でのサブロー(千葉ロッテ)のスクイズバントだろう。
 7回表無死満塁の場面。日本は6回裏、台湾の主砲・陳金鋒に逆転2ランを許し、1対2と1点ビハインドを背負っていた。

 カウント1−2からの4球目だ。ベンチの中の星野仙一監督から三塁コーチャーズボックスの山本浩二コーチにスクイズのサインが出た。
 山本は広島で延べ10年間にわたって指揮を執ったことはあるが、三塁ベースコーチの経験はない。それゆえ、このポジションが星野ジャパンのアキレス腱になるのではないか、との意地の悪い見方も存在した。
 しかし、山本は慌てるそぶりも見せずに、ベンチのサインを正確にサブローに伝達し、見事に同点のランナーをホームベースに迎え入れてみせた。これで勢いに乗った日本は、さらに5点を追加し、台湾の息の根を止めたのである。

 過日、NHKのラジオ番組でこの場面について振り返ってもらった。
「予想はしましたね。だから、すんなり(サインを)出せたと思うんです」
 サラッと山本は言い、こう続けた。
「もし(スクイズのサインを)予想してなかったら、もう1回、(サインを)出してくれと要求するじゃないですか。そうしたら星野はね、(サインを)取り消していたと思うんです。
 ですから(サインを)受けるや、そのまま知らん顔して出したんです。これが長い付き合いなんでしょうね。
“えっ、なんで?”と疑問に感じたら、僕は間違いなく“もう1回出してくれ”というサインをベンチに送っていますよ。そうしたら、あんなふうにはなっていなかったかもしれない」

 山本と星野は六大学時代からの付き合いである。プロに入ってからは広島の4番と中日のエースとしてしのぎを削った。引退後は監督として対戦した。
 星野が五輪代表監督に就任すると、盟友の田淵幸一とともにスタッフ入りした。当初は“お友達内閣”と揶揄されたりもしたが、結果を出してからはそんな声も聞かれなくなった。

 山本には“勝負師”のイメージが強い。現役時代から配球の読みは抜群で、チャンスでは無類の勝負強さを発揮した。星野もそこを買ったのではないか。
 五輪の決勝トーナメントではクロスゲームが予想される。三塁ベースコーチはDHに次ぐ11人目のプレーヤーという言い方もできる。

「おそらく、僕の三塁ベースコーチは、ほとんどの方が不安だったと思うんです。僕も最初は不安でした。でも選手の特徴を知り、相手の外野守備力を頭に入れてコーチャーズボックスに立ったら全く違和感はなかった。監督経験もあるから、サインを出す側の気持ちもわかる。(五輪は)僕自身も楽しみにしています」
 ベンチとのホットラインにも目を配っておきたい。

<この原稿は2008年5月25日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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