こんなことを言うと、傷心のファンの方々からふざけんなと罵声を浴びそうだが、実は横浜ベイスターズは強いのではないか、と思うことがある。オリックスから移籍した大西宏明は、1番に座って以来、4割近い打率を維持している。3番に入った内川聖一もずっと4割近い。4番村田修一、6番吉村裕基は日本人打者には数少ない本物のホームラン打者である。ちょっと間違えば、確実にオーバーフェンス。しかも、クセ者・石井琢朗や金城龍彦も打線に名を連ねる。
 もしかして12球団一の打線ではないかという気さえする。もちろん、圧倒的な最下位にあえいでいることは承知している。その原因もはっきりしている。先発投手、リリーフ投手とも、全く安定しない。確実に計算ができるのはクローザーにまわった寺原隼人だけ。そりゃ、苦戦もします。

 ただ、それは結果論という側面もあるのではないか。4月、5月の接戦をいくつかうまく拾っていれば、現在とは選手のモチベーションも変わっていただろう。不安定な投手陣を打線がカバーして、ボカスカ点をとって連勝街道、という可能性も(ことここに至っては、非現実的な空想だが)潜在的にはあったのではないか。
 どうして藪から棒にこんなことを言い出したかと申しますと、いま、時代の気分は下克上にあると思うからだ。

 例えば、同じように打線が打ちまくって3位争いをしているチームに東北楽天がある。リック、山崎武司、フェルナンデスと3割打者が揃い、鉄平だの中島俊哉だの高須洋介だの渡辺直人だの、失礼ながらあんまり全国区ではない名前の選手たちが、軒並み2割7〜8分打つ。なんたって、リック、山崎、フェルナンデスという打線の山場があるわけで、その前後が2割7〜8分方打てば打線はつながるはずだ。

 シーズン前の予想として、今年の楽天はそれなりに強い、という評価は確かにあった。しかし、本気で優勝すると思った人はそんなにはいるまい。皆さん、4位かな、くらいに考えたに違いない。しかし、今や、3位。あわよくば2位、ひょっとすればひょっとする。だから、下克上の時代なのである。
 楽天と横浜の違いは明確だ。先発に岩隈久志、田中将大の二本柱がいるかどうか。ただ、横浜の三浦大輔だって必ず7回くらいまで1〜2失点程度の好投を見せている。田中は確かにスターだが、意外に失点は多い(例えば、11−4で阪神に大勝した6月3日の試合を見よ。6回2/3で4失点である)。楽天とて、真のエースは岩隈一人なのだ。ここまでくると、めぐり合わせという要素も大きいのではないかと言いたくなる。

 そんなことを言うと野村克也監督にどやしつけられますね。この名将は「過程重視」と口を酸っぱくして強調しておられる。データを重視し、戦略を練ったから、中島や渡辺や高須でも2割7〜8分打てるのでしょう。相手のスキをついた走塁もできるのでしょう。
 それを全て認めたうえで、でもミもフタもない言い方をすれば、結局、リックがヒットを打って、山崎、フェルナンデスがドカーンと一発長打で点をとっているのが楽天のスタイルではあるまいか。あえて横浜と比較すれば、横浜は村田、吉村の大砲コンビが、どうもチャンスで凡退している。

 楽天のスタイルを、もっともっとド派手にしたチームがある。埼玉西武ライオンズである。中島裕之、ブラゼル、GG佐藤、中村剛也……。ドカーンドカーンと打ちまくって勝ちまくる。西武の前評判も決してかんばしくなかったですね。打線の核である和田一浩、カブレラが抜けちゃって、どうするんだ? Bクラスかな、というのが大方の予想だったはずだ。ところがどっこい、カブレラもビックリ。

 たとえばGG佐藤なんて、目を見張るものがある。カブレラが舞い戻って打席に入っているのではないかと錯覚するほどの、豪快なスイング。秋口には、楽天の山崎武との壮絶な三冠王争いが繰りひろげられるかもしれない。西武球場脇のカブレラ地蔵は撤去されたそうですから、代わりにGG地蔵を建ててはいかが? たしかに右のエース・涌井秀章もいるし、左腕・帆足和幸も安定している。盗塁数も他を圧している。緻密にやっているのかもしれないが、でも、最終的にはホームランの力でねじ伏せて勝っているというほうが、当たっているだろう。エリート然とした緻密、洗練とはおよそ無縁の、荒々しいパワー野球。これが、西武が下克上の一方の主人公たるゆえんである。

 ではどうして、こんな現象が起きるのだろうか。
 古来、強いチームの基本は投手力といわれる。先発が3〜4本揃ってキャッチャーがよくて、二遊間がしっかりしていて、要するにセンターラインが確立しているチームが強い。それから、4番がしっかりしているチームは強い。打線は水ものだから、打ち勝つスタイルのチームは、最終的には下位に沈む。それが、おおよそ野球の常識である。

 この常識に照らすと、イの一番に浮かぶのは中日だろう。あるいは福岡ソフトバンク。日本ハム。先発にやや弱みがあるが阪神。4番は流動的だがロッテ(巨人は何でも人材が豊富に揃っているので、ちょっと除く)。おそらくシーズン前、優勝候補、あるいはAクラスと評価されていたのはこれらの球団である。しかし、実際に躍進しそうなのは西武であり楽天である。開幕当初の東京ヤクルトの活躍も忘れ難い。

 これは、大きな物語が失われた時代だからではないか、と私は思う。例えば、中日のエースは誰ですか? 川上憲伸と答えるのが常識だろうけれども、今季の彼はエースと言うには不調である。それに代わるはずの中田賢一も不安定。同じく、巨人の上原浩治は二軍調整中。ソフトバンクのエースは? ロッテのエースは? 阪神のエースは? 万人が認める大エースは、日本ハムのダルビッシュ有を除けば、見当たらないのである(涌井とか成瀬善久といっても、今季の状況は大エースとまでは言い難い)。

 4番も同様。日本ハムの4番は現在、稲葉篤紀ですからね。好打者だけど、押しも押されもせぬ4番とは言い難い。中日ウッズは不調。ソフトバンク・小久保裕紀も全盛期の精彩はない。阪神・金本知憲をこれぞ4番という方は多いのでしょうが……。
 つまり、絶対的なエースと不動の4番という、いわば巨大な存在が、次第に影を潜め始めている時代なのだ。これは実は、メジャーリーグにも言える。数年前なら、メジャーを代表する大エースは、ランディ・ジョンソン(ダイヤモンドバックス)であり、ロジャー・クレメンスであった。ノーラン・ライアンなんて、投げている姿を見るだけで満足であった。

 では今、メジャーを代表する投手は誰だろうか。ヨハン・サンタナ(メッツ)かカルロス・ザンブラノ(カブス)かC.C.サバシア(インディアンス)か、はたまた……。しかし、いずれも中4日、100球で試合をつくっている通常のエースに見える。彼らが投げることそれ自体が、観るものを惹きつけるのではない。投げて抑えた結果、試合をつくり、チームが勝つことが望まれている。いわば、役割存在であって、存在そのものが渇望されているわけではないのではないか。すなわち、大エースという大きな物語の矮小化である。

 その代わりに、スライダーとチェンジアップを駆使して10勝できる投手は多士済々である。各球団に様々な曲者が群雄割拠している。下克上とは、まさにはそのような戦国動乱の時代精神であった。
 考えてみれば、まさに「弱者の戦略で強者に勝つ」野村監督の真骨頂が発揮できる時代なのだ。野村さんのご著書がいずれもベストセラーになるのも、あるいはそういう時代精神の反映なのかもしれませんね。

 ところで過日、川岸強という投手に、楽天の強さの秘密を見た。6月1日の広島戦。0−2とリードを許した8回から登板して、9回表。2死1、2塁のピンチ。ちなみに、川岸という投手は、右横手からスライダー、シュートを内外角のコーナーに投げ分ける、いわばよくあるタイプである。迎えた打者は梵英心。カウント2−2からの5球目であった。アウトコースのボールゾーンからシュート(シンカー?)が最後にグイッと曲がって外角のストライクゾーンいっぱいに決まったのである。梵、茫然と見送って三振。いわゆる“バックドア”と言われる投げ方ですね。あのグレッグ・マダックスのおはこ。そういえば大投手グレッグ・マダックス(パドレス)も今季は衰えが隠せない。また一人、大エースが消えようとしている。
 ともあれ、川岸のような中継ぎ投手でも、ピンチで動じずにコーナーに変化球を投げられるのである。そういう育成をしているのだろう。ここが、横浜と楽天の成績を分けている最大の要因であろう。

 それならば、とふと思う。我が広島カープにも下克上のチャンスはあるのではないか。楽天、西武と違って、残念ながら長打力はない。しかし、日本ハム、西武なみの足はある。コルビー・ルイス、高橋建の二本柱、クローザー永川勝浩もいい。
 セ・リーグでも、大きな物語への幻想に未だにとらわれ続けている読売巨人軍よりも、夏場に起こるであろう広島、ヤクルト、横浜の、下克上先陣争いに期待したい。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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