今年の阪神タイガースは強い。これは間違いない。
 例えば、首位攻防となった7月2日の中日戦。中日・山本昌の立ち上がりを攻めて3回までに3点。中日も阪神の岩田稔、江草仁貴をとらえて追いつき、8回まで3−3の同点という展開になった。で、9回裏、1死一塁で代打の切り札・桧山進次郎の当たりは大きなライトフライ。これは入ったと思ったが、なんとフェンス手前で打球が落ちてきた。2死。普通は、この回はここで終わりである。
 ところが続く代打・葛城育郎が再び桧山とほぼ同じようなライトへの大飛球。今度は二塁打となって4−3でサヨナラ勝ちしたのでした。
 半端じゃないのは、桧山のサヨナラホームラン(のはずの当たり)がアウトになった後、葛城が打ち直したことである。ほら、古来、野球ではよく言うでしょ、三振前のバカ当たりと。行ったーっと思った打球でアウトになった、またすぐに同じ打球を打ち直すというのは、至難の業である。よほど強くないとできない。翌3日も同様で、1−1の接戦で迎えた8回裏に林威助から連打で一挙に3得点。結局、眼下の敵・中日に3連勝である。

 交流戦では、こんな試合もありました。6月15日の千葉ロッテ戦。阪神先発は高卒ドラ1で3年目の鶴直人。期待の若手だが、立ち上がりからボコボコにされて1死もとれずに降板。2回まで0−7の大敗ムードである。しかも、ロッテ先発小林宏之は5回まで無失点の好投。7回を終わったところで3−9である。いくら今季のロッテが救援陣に苦しんでいるといっても、さすがに無理だろうと思っていたら、8回。新井貴浩の安打に始まって連打連打で4点。9回にさらに2点。とうとう9−9に追いついてしまった。恐れ入りました。

 結局、9回に登板した渡辺亮が打たれて9−10とサヨナラ負けをしたのだが、阪神打線の底力ばかりが印象に残る試合だった。
 と、ここまで読んでこられて、何か感じられないだろうか。去年まで、阪神の強さの象徴と言えば、言わずと知れたJFKであった。今年も彼らは健在である。7回から久保田智之、ジェフ・ウィリアムス、藤川球児とこられたら、そう簡単に点を取れるものではない。

 しかし、今年目立つのは、終盤の逆転勝ちなのである。つまり同じ終盤力でも、JFKの威力に頼りきりだった去年までと違い、連打連打の打線の力で勝っている。赤星憲広が首痛が癒えて今季は3割を維持しているとか、鳥谷敬が安定したとか、金本知憲がますます充実しているとか、そりゃ、解説しようと思えばいろいろ言える。しかし、打線で去年までと一番大きく変わったのは、3番新井の加入である。

 私は一個の広島カープファンとして、新井がFAで移籍することには、何のショックも感じなかった。FAは選手の権利なんだし、新井は阪神に行きたいのだから、行けばいい。それだけのことである。
 新井の打席は本当に数多く見てきた。
 たとえば今年の栗原健太と同様、チーム事情から4番に抜擢されたとき。苦しんでいましたねぇ。外角にスライダーを投げとけば三振、という感じだった。その後、もちろん新井は精進したわけだが、根本的には、外角のスライダーは体が前に出てしまって打てないという特性は変わらない打者である。

 ところが、印象だけで言うと、去年の広島カープの4番新井と、今年の阪神タイガースの3番新井は、ある種の別人である。本当は内実は変わらないはずなのに、変わったように見える。外角は泳がずにきっちりライト前に運んでいるように見える。
 この違いは何なのだろう。私には、彼をとりまく緊張感の種類の問題に思えてならない。つまり、去年はチームの不動の4番であり、自分で試合を決めなくてはならなかった。責任と緊張感は新井に集中していた。今季の栗原と同じ状態である。

 今年は後ろにアニキと慕う金本が控えていることもあるし、新井以外にも、赤星だの鳥谷だの、3割を維持できる力のある選手が並んでいる。緊張も責任も、打線全体で共有できている。打線全体が緊張と責任の運動体となっている。その運動に乗って、新井もスイングできている。それが、劣勢の試合でも終盤の連打を生みだすし、ひいては逆転勝ちにつながっている。これは、快感である。言ってみれば、息苦しい緊張感と気持ちのよい緊張感の違いだろうか(傍証として、ホームラン数をあげておこう。7月3日時点で8本である。新井としては少ない。つまり、自分の一発で試合を決める必要がないのだ)。

 よく言う言葉に置き換えれば、打線がつながっているということだろうし、のっているという状態だろう。もっと言えば、時代のトレンドが阪神にあるということでしょう。先日も、スポーツ紙の片隅に「巨人戦の視聴率さらに低迷」という小さな見出しが出ていたが、甲子園球場は、今やそんな不景気な話とは無縁の空間である。

 ところで、オリンピックの日本代表もこのような強さを発揮できるだろうか。新井も赤星も矢野輝弘も行くのでしょうから、この勢いを持ち込んでくれるに越したことはない。
 ただ、ちょっとひっかかるのである。オリンピックともなれば、各国とも相当なプレッシャーを抱えて試合に臨む。いきおい、重苦しい接戦になりやすい(実力差のある国の対戦は除く)。

 その時選手を襲うのは、当然ながら、重苦しい緊張の連続ということになる。セ・リーグでいえば、阪神のような打線がつながって気持ちよく勝つゲームではなく、中日のように投手力と守備でギリギリ守って勝つ野球を強いられるといおうか。
 これまでオリンピックやWBCを見ていて、今年の阪神的な強さを発揮するのは、たいていキューバである。序盤抑えられても、必ず、打順が2巡目、3巡目に入ると連打が出る。つまり、打線にそれだけの底力があるわけだが、日本や韓国は、基本的には中日的な強さを前面に出して勝ち抜くチームではないだろうか。

 今季を見ていると、ダルビッシュ有と岩隈久志は間違いなくスーパーエースである。どことやっても、彼らが大量失点することはまず考えられない。しかし、逆にそれ以外の投手陣は、それほどの出来にない。そうでしょ。涌井秀章にしても成瀬善久にしても、どこか去年の疲れをひきずっているように見える。上原浩治にしたって、やはり不安だと思いませんか? つまり、日本代表が決勝まで勝ち進むためには、どこかで必ず、キューバ的な打線の力が必要になるはずなのである。

 日本代表の4番を誰が打つのかは知らない。新井かG.G.佐藤か村田修一か、はたまた……。ただ、少なくとも新井はクリーンアップの一角を担うのだろう。その重圧は、当然、いま阪神で味わっている快感をともなったものというより、去年までの息苦しい緊張感に近いはずだ。
 日本代表の一つのカギは、新井が北京で、去年の新井に戻るのか、今年の新井であり続けるのかにあるのかもしれない。


上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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