ニューヨークで行なわれた今季のMLBオールスターゲームは、様々な意味で歴史に刻まれる大熱戦となった。
 両リーグを代表する投手たちが揃って好投を見せ、試合は決着のつかぬまま延長戦に突入。史上最長試合、最多奪三振、最多残塁、最多出場選手といった多くの記録を塗り替えた末に、最後は延長15回裏にアメリカンリーグがサヨナラ勝ちを飾った。ヤンキースタジアム最終年に開催された球宴に相応しく、劇的で華やかなゲームだったと言って良い。
(写真:ヤンキースタジアムで行なわれた2008年のMLB球宴は大熱戦となったが……)
 しかしそんな緊迫した終盤から延長戦の攻防を見ながら、改めて考えさせられたのは「勝ったリーグがワールドシリーズのホームフィールド・アドバンテージを得る」という制度についてだった。
 オールスターゲームに年々緊張感がなくなっていることを憂慮したMLBは、2003年からこのルールを導入。おかげでその年以降ゲームの質が上がったという声があるのも事実ではある。

 ただ一方で、基本的にエキジビション・マッチであるオールスターで、大事なワールドシリーズのアドバンテージを決するアイデアは、筆者には途方もなく馬鹿げたものに思えて仕方ない。
 現時点で優勝を狙えるチームの選手たちはそれによって、よりやる気をそそられる部分もあるかもしれない。だがすでに消化ゲームを戦っているものたちの心理に、この制度がどれほどの影響を与えるというのだろう?

 スリリングだった今季球宴の終盤、テレビモニターにもワールドシリーズに進む可能性の高いレッドソックス、レイズ、カブス、メッツらの選手たちの姿が頻繁に映し出されていた。
 しかしそういった上位チームの命運は、すでにプレーオフ出場は絶望的なB・ウィルソン(ジャイアンツ)、アーロン・クック(ロッキーズ)、ジョージ・シェリル(オリオールズ)、ジョアキム・ソリア(ロイヤルズ)らにある意味で託されることになった。彼らのプレーを、ジェイソン・バリテック(レッドソックス)、カルロス・ザンブラノ(カブス)らはベンチから心配気に見守るしかなかった。こんなシーンは矛盾以外の何ものでもないではないか?

 特にMLBは、リーグによって試合ルールが異なる(DH制度の有無)という他のメジャースポーツでは類を見ない異例の体制を敷いている。
 それゆえに、ワールドシリーズでのホームフィールド・アドバンテージの有無は、ただ「地元で試合が多くできる」という事実以上に重要な意味を持つ。DH制で戦うために作られたチームとそうでないチームの対戦では、そのルールがあるかないかによって雲泥の差がもたらされるからだ。

 さらに言えば今季の場合、リーグ制覇の本命と言えるレッドソックスとカブスは本拠地戦で尋常でないほどの強さを誇っている(レッドソックス=ホーム36勝11敗、アウェー21勝29敗/カブス=ホーム37勝12敗、アウェー20勝26敗)。もともとこの両チームが本拠を置くフェンウェイパークとリグレーフィールドは独特の形状、環境のため、戦い慣れているチームに圧倒的有利な場所と言われる。そんな彼らにとって、最終決戦を地元で4試合戦えるかどうかはほとんど死活問題となるはずである。
(写真:戦い慣れたダッグアウトでワールドシリーズを戦うことの意味はオールスターの勝敗よりも重いはずだ)

 それほどに大切なシリーズのアドバンテージを、エキジビション・マッチの勝敗で決定しようというのか?
 オールスターの出場選手は開催寸前に集められたメンバーで、チームプレーの練習などもちろん皆無である。どれほど好投しているピッチャーでも、3イニング以上投げさせるわけにはいかない。1人でも多くの選手を起用できるように、監督はゲームを通じて苦心せねばならない。

 飛躍させて結論づければ、様々な制約の下で行なわれるオールスターゲームはあくまで「祭りの一環」であって、真っ当な野球の試合ではない。と、ここまで続けてくれば、MLBが2003年より定めたルールを筆者がどれほど質の悪いジョークだと考えているかよく理解してもらえたことだろう。

 このホームフィールド・アドバンテージの問題については、NBAやNFLが採用している制度が最も理に適っているように思える。
 両リーグを通じてベストレコードを勝ち取ったチームがプレーオフ期間中、第1シードとしてアドバンテージをキープする。第1シードが敗れた場合には、以降はシード順上位のチームがそれぞれの対戦でアドバンテージを得ていく。
 これなら平等である上に、プレーオフ進出チームが決まって以降は気の抜けたものになりがちなレギュラーシーズンに最後まで意味を与えることにもなる。他競技で成果を挙げているこの制度が、なぜMLBでだけ採用されないのか逆に不思議なくらいである。

 とりあえず今は、各メディアですでに散々批判されている現行の「球宴勝利=ワールドシリーズのホームフィールド・アドバンテージ」ルールが、一刻も早く再改正されることを願いたい。
 オールスターゲームの質低下など心配には及ばない。ファンが望み、リーグが働きかければ、選手たちは今後も必ずハードにプレーしてくれるだろう。

 繰り返すが、今季の球宴は最後まで両チームの選手が全力を尽くし、おかげで素晴らしいゲームとなった。それぞれのリーグの誇りを賭け、大観衆の下で必死にプレーする姿は多くのファンの胸を打った。
 そして、終盤イニングに選手たちの頭にあったのは、「ワールドシリーズのホームフィールド・アドバンテージ」などではなく、「選手としてのプライド」であったはずなのだ。
(写真:建設中の新ヤンキースタジアムで再び球宴が行なわれる頃には、現行ルールはとうに改正されていることを願いたい)


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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