その姿は怒っているというよりも必死になって訴えかけているように映った。
 さる7月8日、西武ドームでの埼玉西武対福岡ソフトバンク戦。7回二死一塁から中西健太が左越えの2ベースを放ち、一塁走者の代走・明石健志は一気に本塁を狙った。

 スライディングのタイミングからしてセーフかと思われた。ところが西武の捕手・細川亨の左足が進路をふさぐようなかたちになり、明石は大きく外から回り込まざるをえなくなった。
 結局、明石の手は本塁に届かず、タッチアウト。この判定に形相を変えて詰め寄ったのがソフトバンクの王貞治監督だ。
「あの映像をアメリカや韓国、台湾でも流して欲しい。日本の審判があれを(走塁妨害に)とらないから選手もやるんだ。見たくないプレーだ」
 抗議時間は5分を超えると遅延行為と見なされ、退場となる。文字どおり体を張った抗議だったのだ。

 ちなみに公認野球規則では<捕手はボールを持たないで、得点しようとしている走者の進路をふさぐ権利はない。塁線(べースライン)は走者の走路であるから、捕手は、まさに送球を捕ろうとしているか、送球が直接捕手に向かってきており、しかも充分近くにきていて、捕手がこれを受け止めるにふさわしい位置をしめなければならなくなったときか、すでにボールを持っているときだけしか、塁線上に位置することができない>とある。王監督の肩を持つわけではないが、テレビで観る限り、あれは走塁妨害と判定する方が妥当だ。

 王監督の抗議といえば思い出すのが、06年3月に行なわれたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の2次リーグ、対アメリカ戦でのタッチアップ事件。

 今思い出しても怒りがフツフツと沸いてくる。3対3で迎えた8回表、日本は一死満塁と絶好のチャンスを迎える。
 6番・岩村明憲(現レイズ)の打球はレフトへの浅いフライ。三塁走者・西岡剛(ロッテ)は左翼手ランディ・ウィン(ジャイアンツ)の弱肩を見抜き、捕球と同時にスタートを切った。ウィンの返球がそれホームイン。

 ところが、ここで信じられないことが起きる。バック・マルティネス監督の「離塁が早い」とのアピールを受けたボブ・デービッドソン球審はそれを受け入れ、西岡にアウトを宣したのだ。
 次の瞬間、王監督は鬼のような形相でベンチを飛び出し、身振りを交えて猛抗議を行った。最終的な判定の権限は球審にあるとはいえ、明らかなホームタウンディシジョンだった。

 今回の抗議の執拗さは2年前を上回るものだった。球審にくってかかるのではなく説き伏せるような抗議シーンを見て私は思った。勝ち負けへのこだわりの前に王監督は野球の正常化を訴えたかったのではないか、と。それが「見たくないプレーだ」という強い言葉になって表れたのだろう。

 後日、ソフトバンクが提出した質問状に、パ・リーグ連盟は「走塁妨害と判断しても良い状況だった」と回答した。

<この原稿は2008年8月3日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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