国内の女子テニス界はクルム伊達公子選手の12年ぶりとなる現役復帰で、例年以上の盛り上がりを見せている。その注目の伊達選手と伊予銀行男子テニス部が先頃、合同合宿を行なった。世界ランキング4位にまで上り詰めたアスリートとのトレーニングで、伊予銀行の選手たちは何を学ぶことができたのか。横井晃一監督に合宿での様子を訊いた。

 伊達選手との合同合宿は、10年以上も前から伊予銀行を指導していただいている小浦武志氏が発案したものだった。現在、ナショナルチームのゼネラルマネジャーを務める小浦氏は、伊達選手の恩師でもあり、伊達選手が現役復帰した今春からは再び指導にあたっている。伊達選手は7月15日から宮崎国際女子チャレンジャーテニス2008に出場するため、トレーニングを小浦氏に依頼。偶然にも同時期に伊予銀行の強化合宿での指導を予定していた小浦氏は、合同合宿を提案したことで実現したのだ。

 果たして伊達選手とはどのようなアスリートなのか。彼女の印象を横井監督に訊いた。
「想像以上にこだわりの強い選手ですね。もう練習前のウォーミングアップから、自分のスタイルが確立されていて、決して妥協しないんです。きちんと決められたメニューをこなしてから、次に進む。それが徹底されていました。練習も同じです。どんなにきついトレーニングにも決して手を抜きません。20代の男子と同じメニューを最後までやりきってしまうんですからね。とても37歳には思えませんでした」

 例えば3分間の休憩を挟んだ400メートルダッシュ10本。もちろん、スピードは20〜30代の男子よりは遅い。だが、伊達選手は最後の10本目まで一切だれなかった。しかも、スピードは1本目と10本目でほとんど変わらなかったという。
「世界ランキング4位にまで上り詰めた天才プレーヤーでさえも、これだけ自分を追い込んで練習しているんですからね。彼女の努力している姿を間近で見れて、うちの選手たちにもいい刺激になったことは間違いありません」(横井監督)

 トラック競技の中で最も過酷だと言われている400メートル。これを猛暑の中、全力疾走で走り切るのだから、それがいかに苦しいトレーニングであるかは想像に難くない。
 その400メートルダッシュを終えて、次に行なわれたのがなんとシングルスの試合だったというから驚きである。

 実はこれはファイナルセットでの状況を仮想してのトレーニング方法。テニスに限らず、スポーツは競った試合でも最後まで力を出せるかが勝敗のカギを握る。テニスで言えば、ファイナルセットを勝ち切れるか。体力的にも精神的にも追い込まれた状況でいかに集中し、実力を発揮できるかが重要なのだ。

「これまで伊予銀行ではこのような練習方法を行なったことはありませんでした。午前は球出し練習やラリーを行ない、午後はダッシュなどきつめのトレーニング……というのが常だったんです。しかし、小浦先生からプロ選手の手法を学び、改めて勉強になりました」と横井監督。小浦氏からプロがどのようなトレーニングを行なっているかを学ぶことも、この合宿の大きな要素なのだ。

 日本リーグへのステップアップ

 さて、トレーニング以上に伊達選手の負けん気の強さが出ていたのが、午前練習の最後に行なわれた10ポイントのタイブレイク形式でのシングルスの試合だったという。チーム一好調な植木竜太郎選手に2日連続で負けを喫した伊達選手は、次の日も、また次の日も植木選手を自ら指名した。

「1、2日目に僕に負けたことが、よっぽど悔しかったんでしょうね。3、4日目はすごく気合いが入っていました。それでも、途中までは僕がリードしていました。ところが、そこから挽回してくるんですよ。伊達さんは練習の時も僕をよく観察していましたね。弱点を隠していたつもりでしたが、試合では途中から完全に見破られていましたから。それから、やはり勝負勘が鋭いですよね。ミスもあるんですけど、ここ一番でのポイントでは必ず入れてくるんです」(植木選手)

 合宿が行なわれたコートには連日、200人以上のファンが詰め掛けた。最初は観客からの声援に伊達選手も笑顔で応えていた。だが、試合が始まり、リードを奪われると、彼女の顔から笑顔が消え、勝負師へのスイッチが入るのだという。プロ伊達公子の戦いはそこからだったのだ。
 結局、3、4日目は植木選手の逆転負け。勝負は2勝2敗に終わった。
 
 しかし、植木選手は勝敗以上のものを得ていた。伊達選手は身長163センチと長身の選手がズラリと顔を揃える世界では、決して恵まれた体格ではない。そんな彼女を世界に押し上げたのが今や代名詞でもある“ライジング・ショット”。これに限らず、彼女のプレーにはパワーに対抗するための工夫と、努力が隠されていることは周知の通りだ。
 植木選手もまた165センチと男子選手としては決して大きくはない。だからこそ、伊達選手のプレーは参考になったという。

「伊達さんのライジング・ショットは間近で見て、すごいなぁと思いました。ボールへの入り方、打点の高さ、そしてフットワークと全てが勉強になりました。これは今後、自分のプレーにいかせるなと。
 そして、パワーで勝る僕たちとラリーをやっても、伊達さんは全くひけをとらなかった。同等以上に打ち合うんです。それを見ていて、やっぱりテニスはパワーだけじゃないんだなと改めて思いました。体が小さくても、自分の特徴を生かしたプレーさえできれば勝てるんだという自信にもなりました」

 伊達選手との合同合宿で刺激を受けたのは、植木選手ばかりではない。
「伊達さんのアップから練習、試合にいたるまでの取り組み方や姿勢には、選手全員が刺激を受けたようですね。早速、合宿で経験したことを選手たち自ら練習に取り入れています。特に練習前のアップにはこれまでの何倍もの時間をかけてやっています。これはケガの防止はもちろん、実際の試合においても大事になってきます。試合では公式のアップ時間は5分しかありません。ですから、その前に自分たちできちんとアップして体をつくっておく習慣があれば、100%の状態で試合に入ることができます。そうすれば、1ゲーム目から力を発揮することができますからね」(横井監督)

 11年というブランクがある伊達選手だが、そのプロ意識はやはり世界トッププレーヤーそのものだ。その彼女とともに汗を流し、多くの刺激を受けた伊予銀行男子テニス部。それぞれが学んだこと、感じたことを今後に生かさない手はない。

 夏が終われば、いよいよ12、1月の日本リーグに向けて本格始動する。四国選手権、毎日選手権、愛媛オープン……これからの大会一つ一つが日本リーグへの試金石となる。
 伊達選手との貴重な経験や小浦氏の指導を一つの糧として、一人ひとりがどれだけステップアップできるのか。この夏の成長に期待したい。


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