阪東ヒーローという変わった名のボクサーをご存知だろうか。
 6月12日、日本武道館。WBC世界バンタム級王者・長谷川穂積(真正)対同級9位・クリスチャン・ファッシオ(ウルグアイ)。WBA世界スーパーフェザー級王者・エドウィン・バレロ(帝拳)対同級7位・嶋田雄大(ヨネクラ)。この2つの世界戦のアンダーカードとして東洋太平洋タイトルマッチが組まれた。OPBF スーパーフェザー級王者・内山高志(ワタナベ)に挑戦したのが同級4位の阪東ヒーロー(ファミリーフォーラム)だった。
 内山はアマチュアで90戦以上のキャリアと、全日本チャンピオンの肩書も持つ。プロ転向後は9戦全勝7KOと無敗でベルトを巻いた右ボクサーだ。このハードパンチャーの2度目の防衛戦に挑んだのは、プロ34戦目にして初のタイトルマッチとなる阪東。両者とも勝利して、世界への足がかりを掴みたい一戦だった。

 試合は序盤から王者ペースで進む。長いジャブと右ストレートのコンビでポイントを奪い、阪東にダメージを蓄積させる。阪東は慎重に距離を測りながらの試合運びで、普段と比べ手数が少ない。
 3回終了間際、やはり内山ペースで終了するかと思われた刹那、阪東の閃光のような右クロスが炸裂する。内山の両ひざはぐらつき、キャンバスに崩れ落ちそうになるが、かろうじてゴングに救われた。内山がセコンドから訂正されるまでダウンだと勘違いするほどの一撃は、阪東のそれまでの苦戦もあいまって会場を大いに盛り上げた。

 続く4回、一気に攻め落とすかと思われた阪東だが、飛び込まない。内山も3回のダメージの影響か、距離をとり、パンチのつなぎのスピードを上げカウンターを警戒する。それがリズムを生んだのか、ロングレンジからのジャブ、強烈なボディーへのアッパーをヒットさせるなど、動きにキレが増したようにみえた。

 中盤から後半にかけても、相変わらず内山の動きに合わせチャンスを待つ阪東。しかし、疲労からバランスを崩し、威力あるジャブ、ストレートを被弾し、ポイントを失い続ける。それでも時折みせる右フックの切れ味は落ちることなく、内山に息つく間を与えなかった。挑戦者は相手のパンチの打ち終わりに右をかぶせる作戦をとったが、3回以降ジャブで距離を制圧した王者にクリーンヒットさせることはなかった。8回にはカットした左まぶたの出血でドクターチェックを受ける場面もみられた。

 結局、両者ダウンを奪えぬまま判定にもつれこみ、結果は2者が119−110、119−109で内山に軍配が上がった。大差がついたが、それを感じさせないスリリングな展開の12ラウンドだった。

 王者のテクニックの高さが光った一戦だったが、一瞬の隙を狙ってカウンターを放ち続けた阪東の戦いぶりもタイトルマッチにふさわしかった。その証拠に阪東が控え室に戻る際の声援は王者にも勝っていた。

右拳と引き換えに

 試合から1カ月が過ぎようとした7月のある日、阪東の所属するファミリーフォーラムジムを訪ねた。カットした左まぶたの傷も癒え、ちょうど練習を再開したところだった。
「とにかく負けたことがショックです。内山選手の印象は強いというよりうまかった。全体的に力があって、冷静でしたね」
そして激闘をゆっくりと振り返り始めた。

「実は、右拳を1Rの残り10秒くらいで痛めてしまいました。その後は、右を出そうにも痛くて出せなかった。でもこのままじゃダメだな、と。だから3Rからは無理して右を打ちました」
 それが3回の強烈な右クロスにつながった。しかし、代償は大きかった。

「あのパンチで完全に右拳が“死んだ”んです。とどめをさしたっていうか。あれで倒していれば“右拳と引き換えにKO”ってことでかっこよかったんだけど」
 感触的には文句なしの一撃だった。それだけにゴング間際だったことが悔やまれる。
「あと30秒早く出していればよかった。ま、それも運ですよね」

 4回に一気に前に出ることができなかったのは拳のケガの影響だった。しかし、試合が終わる瞬間まで、痛めた右拳をふりつづけた。
「右を使わないとどうしようもないですからね。左が巧ければいいんですけど、僕の左じゃポイント取られるのは明らかだから」

 試合後、阪東の右手には激痛が走る。試合中は相手に集中していたため感じなかった。
「骨に異常はなかったんですけど、筋の周りの膜が切れているかもしれないと病院の先生に言われました。ドラえもんの手みたいに腫れて、笑っちゃうくらい凄かった。今は軽く握れるようにはなりましたが、パンチを打つのが怖いんです」
 ボクサーの命ともいえる利き腕の拳の負傷に落胆しない者はいない。阪東は「治るのを待つしかないですね」と苦笑いを浮かべた後、こう付け加えた。
「これを機に、左を鍛えて左利きになっちゃおうかな(笑)」

 プロデビューは1998年6月。27歳という年齢はボクサーとして若くない。ボクシングとの出会いは地元・愛媛で、小学校3年まで遡る。早いものでボクシング歴は約20年にもなった。
 現在の日本ランキングはスーパーフェザー級4位。ベルトを巻いた経験はないが、倒すか倒されるかの攻撃的なスタイルと端正な顔立ちで女性の人気も高い。ベテランの域に差し掛かった進化を続ける「天才」ボクサーは見る者の心をつかんで決して離さない。

(第2回に続く)

阪東ヒーロー(ばんどう・ヒーロー)プロフィール
本名は阪東浩徳。ファミリーフォーラムジム所属。1980年11月29日、愛媛県伊予郡出身。小学3年の頃に父親にジムに連れて行かれてボクシングと門田新一会長に出会う。中学卒業後、ジムの東京進出と同時に上京し、17歳でプロデビューを果たす。東日本新人王準優勝。05年9月、“賞金100万円”が懸かったエドウィン・バレロ戦の勇敢な戦いぶりが賞賛を集め、注目を浴びる。08年6月、自身初のタイトルマッチとなった一戦でOPBF スーパーフェザー級王者・内山高志に挑むが、惜しくも判定負けに終わる。プロ戦績は19勝8KO9敗6分。身長172センチ。





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