モスクワから南南東の方角へ約2時間半。切り立った短剣のようなカフカスの山々を越えると、赤茶けた大地が見えてくる。
 私が初めてグルジアを訪れたのは1989年2月のことだ。当時はソビエト連邦を構成する15の共和国のひとつ。別の顔である格闘技王国の実相を探るのが目的だった。

 ミュンヘン、モントリオール五輪レスリング金メダリストのレワン・テディワシビリ、ミュンヘン五輪柔道金メダリストのショタ・チョチシビリらはグルジアの出身。最近ではアテネ五輪柔道金メダリストのズラブ・ズビャダウリが同国出身である。

 なぜ、かくもグルジアは格闘技が強いのか。ギリシャ神話に「金羊毛の国」とうたわれた豊穣の大地は古くから他民族にとって羨望の的だった。押し寄せるペルシャ、タタール、トルコ、さらにはロシアの侵攻を迎え討つという苦難の時代が19世紀まで続いた。それゆえグルジアの男たちは勇猛で誇り高い。何よりも男らしさが尊ばれ、格闘技が称揚された。

 グルジア人気質についてはサンボの神様と呼ばれたビクトル古賀氏の『裸のロシア人』に詳しい。<レスリングで不敗を誇った日本のアニマル渡辺がただ一度敗れたグルジアのルバシビリ、同じく世界王者だったコリーゼ、柔道の東京五輪重量級3位のチクビラーゼ、同じく3位のキクナーゼ、そのほか数人の友人たちもみな死んだ。すべて交通事故。(中略)無免許で乗り回し、酒を飲んでぶつかって死ぬ。いくら前例を見ても改めない。怖がらない。飲酒を控えて事故を恐れることは彼らのもっとも恥じるところなのだ>

 南オセチア自治州を巡るロシアとの軍事衝突でロシア軍は自治州を越えてついにグルジア本国に侵攻した。南オセチアやアブハジアのコソボ化をはかろうというのか。NATO加盟に舵を切ったサーカシビリ政権を叩き潰すつもりか。この原稿を書いている最中、ロシアのメドベージェフ大統領が侵攻停止を命じたというニュースが飛び込んできた。だが、グルジアへの敵視政策は変わるまい。

 IOCのジゼル・デービス広報部長は「『五輪休戦』が実現できるよう国連が役割を果たすことを期待する」と述べたが、そのメッセージはIOCこそが発するべきだった。2014年冬季五輪はグルジアに程近いロシアのソチで開催される。「五輪開催中に軍事行動を慎まない国に五輪開催の権利はない」。せめてこのくらいは言ってほしかった。

<この原稿は08年8月13日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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