2大会振りの金メダル獲得を目指す男子バスケットボール・アメリカ代表チームが、まずは好スタートを切っている。
 北京での予選リーグ最初の2試合では、中国、アンゴラに圧勝。もちろんこの段階で格下チームに大差をつけることなど戦前から予想された通りではある。それでも各国の実力差が狭まっている現代の世界バスケ界で、番狂わせの可能性がゼロのゲームなど存在しない(開幕2戦目で、2年前の世界選手権覇者・スペインが中国相手にオーバータイムにもつれこむ大苦戦を強いられたことでそれは再び証明された)。
 絶対に負けられない大事なオリンピックでの順調な発進に、米バスケ関係者はまずは胸をなで下ろしているところかもしれない。
(写真:コービー・ブライアントを先頭にアメリカ代表は近年最強と言える布陣を揃えてきた)
「ドリームチーム」と言われたスター軍団を擁し1992年のバルセロナ五輪を制したアメリカ代表は、続くアトランタ、シドニーまでオリンピック3連覇。永々に続くかと思われたその栄華は、しかし意外にも早く滅び去った。

 2004年のアテネ五輪で惨敗を喫すると、2年前に日本で行なわれた世界選手権でも3位止まり。ライバル国の基本に忠実なプレー、チームワーク、固いディフェンスの前にアメリカは簡単に足下をすくわれるようになった。
 1度きりの敗北なら番狂わせでも、度重なればそれは通常になる。バスケ王国の誇りは完全に凋落。大会寸前にNBAのスターを寄せ集めれば勝てた時代は終わった。90年代前半とは比べ物にならないほど力を付けたライバル国に勝とうと思えば、チームとしての正当な準備と鍛錬が必要となったのだ。
(写真:ヤオ・ミンも自国開催の五輪で必勝を期している)

 そんな新たな現実にようやく気付いた米バスケ協会は、2006年より「3年計画」でのチーム作りを実施。1度きりの参加ではなく、長いスパンでチームに貢献できる人材を模索して行った。
「国際試合でプレーするための選手を選んだ。我々は国際試合に大きな敬意を払っているからだ」
 代表の指揮を執るマイク・シェシェフスキーHCの言葉通り、今回のチームには個人ではなく、チームのためにプレーできるメンバーが揃っている。

 コービー・ブライアント、レブロン・ジェームス、カーメロ・アンソニー、ドウェイン・ウェイド、クリス・ポール、ジェイソン・キッド……。攻守共に、間違いなく92年の「ドリームチーム」以来最強のロースター。さらに言えば、「リディームチーム(リディームは「名誉回復」の意)」と名付けられた今回の代表は、チームワーク、ケミストリーも最高級と言われる。
(写真:新世代の司令塔・クリス・ポールの貢献も重要だ)

「自分の国のためにプレーし、国の威信をかけて戦う。僕たちのゴールは金メダルの獲得であり、チームの全員が同じゴールを設定し、それのみに焦点をあてている」
 そう語るブライアントは、NBA最高のスコアラーでありながら、実際に今大会ではディフェンスのストッパー役を引き受けている。2年前のNBAファイナルMVPのドウェイン・ウェイドも、代表ではベンチから登場するシックスマン。そのように分散された役割に不満を漏らすものは1人もいない。
 スーパースターたちがアメリカの「名誉回復」のために一丸となった。「3年計画」の3年目にあたる今年、オリンピックの大舞台で世界を制圧する準備は万端と言えるだろう。

 ただそんな最強チームでも絶対的本命とは呼ばれないほどに、ライバル国の戦力も充実している。アテネ五輪の覇者アルゼンチン、日本での世界選手権の王者・スペイン、その世界選手権でアメリカを破ったギリシャ、昨年の欧州選手権を制したロシアと強敵は数多い。
 マヌー・ジノビリ(アルゼンチン)、ポウ・ガソル(スペイン)、アンドレイ・キリレンコ(ロシア)といったNBAのスターも各国に散らばり、彼らの大舞台での経験は申し分ない。何よりアメリカは「3年計画」でも、アルゼンチンなどはジュニア時代から10年以上も同じコアメンバーでプレーしている。ケミストリーの年季が違うのだ。

 それでも選手層の厚いアメリカを金メダルの本命に推す識者は多い。2週間という短期間で計8試合を勝ち抜かなければならないトーナメントは、高水準でほぼ同等の力を持った選手を12人も揃えたアメリカには有利なシステムかもしれない。
 だがその一方で、今回も決して楽観はできないことは確かだろう。特に準々決勝以降、そこまで勝ち残ってきた強豪との一発勝負では、もう何が起こってもまったく不思議はない。
(写真:鍵を握るのは今回もやはりディフェンスか)

 世界屈指の勝負強さを誇るジノビリに爆発を許したら? 2年前のギリシャ戦のときのように、前半からリードを許したアメリカ代表の若手選手たちがパニックを起こしたら? スケールはやや小さいながら、アメリカと同様に選手層の厚いスペインに40分間を通じて走り回られたら……?
 
 新陳代謝の激しいアメリカスポーツ界では、基本的に3年以上の代表チームへの忠誠は極めて難しい。特に今大会で敗れた場合には、コービーやレブロンがさらに4年間、オフシーズンを国際試合のために捧げ続けるとも思えない。
 だとすれば今回ほどのメンバーで、これほどの期間を準備して、アメリカ代表が五輪に臨める機会はこれが最後となるかもしれない。
 だからこそ、絶対に負けられない。今大会を何としても勝ち抜き、アメリカの強靭さを再びアピールしなければならない。
 金メダル以外はすべて失敗。そんな尋常ではないプレッシャーの中で、「リディームチーム」は最後まで冷静さを保ち、オリンピックの舞台で力を発揮し続けられるのだろうか。

 92年に世界中を魅了したアメリカ代表のあの余りにも華麗なショウを、私たちはもう二度と見ることはできない。だが、再建の決意を秘めた現在のメンバーが、新たな時代を切り開くのを目撃することはできる。
 夢のあとに訪れた、忌まわしい悪夢。それを打ち破るために必要なのは、北京での完全なる勝利だけである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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