ニューヨークのスポーツファンは今年1〜2月のジャイアンツの快進撃を決して忘れることはない。
 NFC全6チーム中5番目の成績でのプレーオフ進出ながら、ニューヨーク・ジャイアンツは上位シードのチームを軒並み撃破してスーパーボウルに進出。そしてその夢舞台では、レギュラーシーズンから全勝を続けていたニューイングランド・ペイトリオッツをファイナルドライブで逆転して勝利を飾った。まるでハリウッド映画のような奇跡的なゲームだった。
(写真:昨季にリーグを震撼させたミラクル・ジャイアンツがフィールドに戻ってくる)
 2001年の米同時多発テロ事件以来、ニューヨークのスポーツチームがタイトルを獲得したのは初めて。スーパーボウル直後の祝賀パレードでは、本当に久々にブロードウェイに紙吹雪が舞った。リーグの歴史上最もドラマチックな形で頂点に立ったジャイアンツは、地元のスポーツファンに最高の興奮と感動を味合わせてくれたのだ。

 それから7カ月――。アメリカ最大の人気スポーツと言われるNFLアメリカン・フットボールの08年シーズンが今週から開幕する。
 最強の陣容を揃えながら苦杯を喫したペイトリオッツの逆襲、英雄QBブレッド・ファーブを獲得したニューヨーク・ジェッツの動向、「アメリカズチーム」と呼ばれる伝統の強豪ダラス・カウボーイズの復活など、見どころは数多い。そして本来なら、ジャイアンツの連覇がなるかどうかも注目されてしかるべきのはず。しかしこれまでのところ昨季王者の前評判は決して高くない。
「スポーツイラストレイテッド」誌が選定した開幕前のパワーランキングではジャイアンツは9位。「ESPN.COM」では8位。まるで昨季のスーパーボウル制覇はまぐれだったと言わんばかりの低評価で、チームの主力選手や地元ファンを憮然とさせている。

 しかしこれもある意味では仕方ないのかもしれない。昨レギュラーシーズン中のジャイアンツは実は不安定な形での戦いぶりに終始し、シーズン最後の8試合は4勝4敗。青息吐息の末にやっとプレーオフに辿り着いたのだった。
 そこからの1カ月間で信じられないような快進撃。まさに誰も予想できない形だったがゆえに勝ち上がりは劇的だったのだが、一方で真価を疑う声があったとしてもやむを得まい。4カ月間に渡るシーズンでの迷走と、わずか1カ月の間で行なわれたプレーオフでの奇跡、どちらが本物だったのか?

 さらに今季開始前に、これまでチームを支えてきた守備の要マイケル・ストレイハンが引退。跡継ぎと目された若手DEオウシ・ウメニヨーラにも故障が発生し、今季中の出場は絶望的となってしまった。ただでさえ真価の不確かなロースターから、主力選手が2人も抜けたのだ。
「いまのジャイアンツは基本的に若く層の薄いチーム。ストレイハン、ウメニヨーラに加え、TEジェレミー・ショッキーがセインツに移籍してしまったのも大きい。総合的に見てジャイアンツは優勝候補どころか、カウボーイズ、イーグルスに次いで地区3番手のチームと見た方が良さそうだ」
「ESPN」の解説者を務めるジョン・クレイトン氏がそう語るように、現在のメンバーでは、ジャイアンツのスーパーボウル2連覇は非常に難しいと考えるのが妥当なのだろう。
(写真:ベテランDEマイケル・ストレイハンの引退は大きな痛手に違いない)

 そんな状況下で、今こそQBイーライ・マニングの真価が本当の意味で問われるという声は多い。
 リーグ1のQBペイトン・マニングの実弟として大きな注目を浴びてプロ入りしながら、イーライはなかなか力を発揮できなかった。ジャイアンツ入団以来3年連続でプレーオフでは惨敗。勝負弱い選手との評価は定まりつつあった。MLBのアレックス・ロドリゲス(ヤンキース)と並び、今春までのイーライはニューヨークで最も軽く見られているアスリートと言っても大げさではなかった。
 しかしその選手が、昨プレーオフでは超人的な大活躍。スーパーボウルではMVPまで獲得し、これまでブーイングを浴びせ続けた地元の人々をも仰天させた。つまり昨季の「ジャイアンツの奇跡」とは、そのまま「イーライ・マニングの奇跡」といっても大げさではなかったのだ。
(写真:シンデレラボーイとなったQBイーライ・マニングはさらに飛躍できるのか)

 そしてあのミラクル・ジャイアンツは本物だったのかという問いは、そのままマニングにも当てはまる。スーパーボウルMVPという肩書きを手にし、一躍ニューヨークのプリンスに就任。期待が大きくなるとともに、相手チームからのマークも厳しくなり、さらに巨大なプレッシャーがのしかかる。
 それを突破して、マニングが今度はシーズン中にもチームを支えられるかどうかに、今季のジャイアンツの命運の大部分は委ねられると言って良い。

 いずれにしても、ジャイアンツもQBマニングもアンダードッグとされた方がより力を発揮する感があるだけに、今季の戦いぶりも楽しみではある。
 昨季のような興奮はもう二度と味わえないという者は多い。しかしジャイアンツがまたもカウボーイズやペイトリオッツといった強豪を倒せば、それに近いセンセーションを巻き起こすはず。前年王者ながらまったく尊敬を受けていない2008年シーズン――。彼らが2年連続で横紙を突破して勝ち続けたら、それは何とも痛快ではないか。
 スポーツの世界で、無印チームの大躍進ほどエキサイティングなものはない。あの魂が震えるような劇的な瞬間の再現を、今年も仄かな期待を寄せて待ちたいところである。
(写真:攻撃ラインの力強さもジャイアンツの強みの1つだ)



杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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