マウンドには日本のエース・ダルビッシュ有(北海道日本ハム)。右打席に迎えるのはキューバの至宝・4番ユリエスキ・グリエル。2−0と日本リードの4回裏。1死1塁の場面である。
 ?外角高目 ストレート ファウル
 ?内角高目 ストレート ファウル
 ?外角低目 スライダー ファウル
 ?外角低目 スライダー ファウル
 ?スライダー(やや中に入った)ヒット!
 1死1、3塁。続いて、左打席に入るのは韓国の至宝、5番李承(巨人)である。はあ? ……まあまあ、続きを聞いてくださいな。
 ?内角低目 スライダー ファウル
 ?内角低目 スライダー ストライク
 ?外角低目 ストレート 見逃し三振!

 もちろん、架空対決である。しかし、現実に起きたシーンでもあるのだ。
 9月2日、京セラドームでの巨人−広島戦。実際のピッチャーはダルビッシュではなく、広島のコルビー・ルイスである。グリエルとしたのは、実は巨人のアレックス・ラミレス。状況は実際の試合の通り。李承の打席もピッチャーはルイスだが、それ以外は実際のシーンである。
 何を愚にもつかぬことを書いているんだ、と笑ってやってください。ただね、日本代表について考えているうちに、この場面に遭遇して、つい妄想をたくましくした。

 現在の日本球界にあって、先発投手のトップ3を挙げろと言われれば、ダルビッシュ、岩隈久志(東北楽天)、ルイスだろう。ルイスとダルビッシュはほぼ同レベル(ダルビッシュが少しだけ上かな)である。ラミレスは、本塁打、打点でセ・リーグのトップを走る、日本でも1、2の強打者である。キューバの強打者達と比べても、打撃力では遜色あるまい。つまり、ルイス対ラミレスは、ダルビッシュ対キューバ打線とほぼ同程度の力関係ではあるまいか。というので、架空対決にアレンジしてみた(ダルビッシュとルイスでは球筋が違うとか、ラミレスとグリエルのスイングは違うとか、それは重々わかっておりますが)。

 この打席で、ラミレスは初球から徹底して打ち気に出ている。ボール球を使いたがらないルイスの特徴を見越してのことだろう。勝負の決め手は、カウント2−0から3、4球目のスライダーをファウルにして粘ったことである。ルイスのスライダーは抜群のキレを誇るが、これでもかと投げた5球目は、やや甘く入った。それをラミレスは見逃さなかった。

 北京オリンピックのキューバ戦に先発したダルビッシュを思い出してください。キューバの打者は、初めて見るダルビッシュのスライダーをきっちり見切っていた。ボールを振らないから、次第に苦しくなって甘く入ったところを痛打された。これがキューバ打線の力である。

 ただし、この日のルイス対ラミレスには続きがある。
 6回裏。無死1、3塁の大チャンスでラミレスに打順が回ったのである。
 ?内角低目 シュート ボール
 ?内角低目 シュート セカンドゴロ併殺打
 ちなみに、続く李承はカウント2−3まで粘った8球目、外角低目のストレートを空振り三振でチェンジ。

 ラミレスの打席では、ルイスは一転して併殺狙いの内角攻めで、計算通りに打ち取っている。ダルビッシュも、きっとこういう場面では、グリエルを併殺に取れるに違いない。
 李承はこの日、ルイスの内角低目に鋭く落ちるスライダーに、ほぼついていけていない。同じことは(スライダーの曲がり方は違うとしても)、ダルビッシュにも可能だろう。

 北京オリンピックで4位と惨敗した星野ジャパンをどう考えるか。これは、我々ファンにとっても、重大な問題である。多くの人が多様な視点から考察すべき課題である。
 まず、日本野球は、韓国、キューバ、アメリカに比べて、弱いだろうか。アメリカが今回出場したような3Aを中心とした場合、私は決してそうは思わない。ダルビッシュがキューバと再戦したならば、6回2失点くらいに抑える力は十分にあると思う。

 優勝した韓国の4番李承は、予選は低打率にあえいでいたが、準決勝、決勝と本塁打を放って、金メダルに大いに貢献した。大舞台で最高の結果を出したわけだが、日本のトップレベルの投手が彼を抑えるだけの伎倆をもっていることも、また事実だろう。
 つまり、単純に日本は弱いという言説には、あまり説得力がない。ではなぜ、結果が出なかったか。多くの論者が指摘するように、そこに「監督の采配」という要素が作用したのは確かだろう。ただ、これについては、既に多くの意見が出されている。ここでは、それ以上に言葉を重ねることはしない。

 ただ、星野仙一監督のコメントを目にするにつけ、どうにも違和感をぬぐえなくなる。ご存じのように、審判の判定がバラバラだったという指摘は出てくる(それに対応するのが野球でしょ、とアメリカのピッチャーにまで言われてしまいましたが)。「申し訳ない」とも繰り返しおっしゃる。だが、その後がない。自分の失敗をふまえて、今後の日本野球についての提言が出てこない。これは、WBCのときの王貞治監督と対極の態度である。

 王監督は、WBCの敗因(あの時も韓国、アメリカに連敗し、ほぼ準決勝進出は絶望、事実上の敗退という状況だったことを忘れてはならない)を聞かれて、こう発言した。
「3、4、5番にホームランがなく、破壊力を発揮できなかった」
 これは、今後、日本が国際大会を戦ううえでの、きわめて重要な指摘である。それを、予選敗退が濃厚という苦しい状況のなかで、王監督は自らの反省として明言している。国際大会は、お互いにいい投手が出てくるから、どうしても接戦になる。それを打開するのは、一発長打である。

 日本の野球中継でも、接戦になると必ず解説者が言うじゃないですか。
「こういう展開で試合を決めるのは、ミスか一発です」
 別に、特別なことではない。いわば日本野球の常識でもあるこの金言を、より具体的に言えば、あの時の王監督の提言になる。
 そういう視点に立った時、星野ジャパンの3、4、5番はどうだったか。覚えていますか? 準決勝、3位決定戦は、青木宣親(東京ヤクルト)、新井貴浩(阪神)、稲葉篤紀(日本ハム)だった。

 例えば、青木が3ランを放った3位決定戦のアメリカ戦は、序盤、明らかに日本の勝ちゲームに傾いた。韓国に敗れた準決勝。2−2の同点で迎えた8回裏、李承に決勝2ランが出て、試合が決まった。同じく李承の先制2ランが出た韓国−キューバの決勝もしかり。王監督の言葉は、まさに正鵠を射ているのである。しかしながら、星野監督には、この発想はなかったと言わざるを得ない。

 WBCにしても、準決勝の韓国戦は、たまたま代打福留孝介(現カブス)に起死回生のホームランが出て、ようやく日本の打線が勢いづいた。それまでの試合は、ペナントレースでは強打者のはずの選手たちが、いずれも重苦しいスイングに終始していた。今回の北京オリンピックとよく似た光景だった。

 思い出していただければわかると思うが、アテネ五輪でも、それ以前でも、同じようなことは起きていた。松中信彦(福岡ソフトバンク)も小笠原道大(巨人)もペナントレースで見せるようなスイングは影をひそめていた。今回も、村田修一(横浜)もGG佐藤(西武)も新井も、どこかちぢこまったスイングに終始していた。

 彼らが、韓国戦やキューバ戦で本来のスイングができれば、王監督の言う課題は、ある程度解決できるはずである。現に、福留も青木も打てる力があることは証明したのだから、あとは、その確率をどうあげるかだろう。

 ひとつの例をあげたい。大会前、体調不良を取沙汰された村田。私には、表情が青ざめて見えた。過度の緊張なのか、体調不良なのかは知らない。ただ、ペナントレースに復帰した8月25日の横浜−広島戦。広島先発の前田健太から、いとも簡単にヒットを飛ばしていた。塁上に立ったその顔には、笑顔さえあった。ほんの数日前、青ざめていた打者とは別の表情だった。そりゃ、アメリカの3Aの投手と比べれば、前田健太のボールは打ちやすいかもしれない。それにしても、この大きな落差はなんなのだろうか。

 実は、これと同質のことが、今夏の甲子園大会でも起きていた、という気がして仕方がない(オリンピックに忙しくて、高校野球まで見ませんでしたか。甲子園もみましょうよ)。 今大会、試合がぐちゃぐちゃに壊れるケースが目立ったのである。要するに大量得点、大差のゲーム。決勝の大阪桐蔭−常葉菊川の17−0がそのさいたるものだが、浦添商業−千葉経済大付の12−9、東邦−北海の15−10など、挙げだしたらきりがない。
 ボカスカ打って、みんな塁上でにこやかに笑っている。きっと、彼らの合言葉は「笑顔」と「夢」なんでしょうね。

 珍しく朝日新聞のコラム「自由自在」(8月21日付)が、いいことを書いていた。一番笑わなかったチーム、大阪桐蔭が優勝したというのである。「試合中に一喜一憂していると、どこかにすきができると思うからです」という奥村圭悟選手のコメントがきいている。

 10点も15点も取って「のびのび」やる野球は、そりゃあ楽しいにきまっている。「笑顔」「のびのび」「夢がかなう」などという、口当たりのいい言葉を氾濫させて、甲子園大会をもりあげるのもいいだろう。しかし、そういう思想が、野球を楽しむ高校生にとどまらず、プロ野球の選手にまで、浸透してしまっている側面はないだろうか。

 彼らは、15点も20点もとって笑顔で快勝したあと、次の試合で、好投手に当たって打てなくて負けても、きっと「自分たちの野球を甲子園で貫いたので満足です」と言うのだろう。もちろん、それは彼らの人生だから、かまわない。だが、打てなかったその試合、たとえ笑顔をつくっていたとしても、それは青ざめた表情なのではあるまいか。その青ざめ方の根底には、たとえば、オリンピックの村田の表情に通底する思想が流れているのではないか。国際大会で勝負する際には、日本野球は、ここから考え直す必要があるのではないか。

 北京オリンピックは、韓国が優勝した。お見事である。しかし、あらゆる国際大会で、これまで最も安定して決勝まで勝ち進んできたのはキューバである。キューバは、一試合のうちに、ほぼ必ずどこかで打線が爆発する。それが、安定した国際大会の強みの直接原因になっている。

 冒頭で披露した思考実験(?)でも明らかなように、また今回のオリンピックでも実証されているように、基本的に日本の一流投手は通用する。少なくとも、韓国やキューバに大きく見劣りするとは思わない。

 今後、国際大会を勝ち抜くために重要なのは、常に一発長打の可能性を秘めた3、4、5番を組むこと。この王監督の指摘に尽きている。
 そのためには、少なくともプロ野球選手は、「笑顔」で「のびのび」、「夢はかなう」などという、どこかのバラエティ番組の標語のような思想から脱却することだ。

 来年のWBCの監督は誰になるのか。落合博満(中日)なのかボビー・バレンタイン(千葉ロッテ)なのか、はたまた……それは知らない。ただ、新しい代表監督には、王監督の伝言を、自らの思想として体現している人になっていただきたい。そのときに、再び道はひらけるだろう。

 最後に蛇足を。新しい代表監督を決めるのに、12球団が集まって会議をしたのはいいことだ。だが、結論として、コミッショナー一任というのは、あんまりじゃないですか。それでは、会議ではない。およばずながら、コミッショナーに贈る言葉をひとつ。

<ただ一人の者への愛は一種の野蛮である。それはすべての爾余の者を犠牲にして行なわれるからである。神への愛もまた然りである。>(ニーチェ『善悪の彼岸』木場深定訳)

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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