23日、群馬ダイヤモンドペガサスの後期優勝が決まり、信濃グランセローズはプレーオフ進出の望みが消えてしまいました。1週間前までは2ゲーム差の2位と、まだまだ優勝を狙える位置にいました。チームもようやく投打がかみ合うようになり、勢いを感じていただけに非常に残念です。
 それでも前期よりも選手一人一人が成長したことは間違いありません。信濃は前期は6連敗を喫するなど、なかなか勝つことができず、最下位に終わりました。キャンプはほぼ順調に進んだものの、いざ実戦に入ると、できると思っていたことができていなかったのです。投手陣では今季も先発の柱である佐藤広樹(安田学園高−徳島インディゴソックス)や、新人ながら先発の一角を期待した仁平翔(常総学院高−茨城ゴールデンゴールズ)がそうでした。

 佐藤は2年目ということもあり、自分の置かれている立場を自覚しています。その証拠にキャンプの初日に見た彼の下半身は昨季よりもひと回り大きくなっていました。オフにも欠かさずランニングを続けていたのです。その姿から「今季こそは」という強い思いがひしひしと伝わってきました。

 しかし、佐藤はもともと肩とひじに不安があり、キャンプの時にもキャッチボールをしただけで痛そうにしていることがすぐにわかったほど状態はあまりよくありませんでした。肩やひじの故障を防ぐには内側の筋肉を鍛えなければいけません。マシンを使わなくても、チューブトレーニングで十分に鍛えることができます。オフに入る前にも、その必要性を伝えてはいたのですが、聞けば、遠投はやっていたもののチューブトレーニングはあまりやっていなかったようなのです。遠投では外側は鍛えられますが、内側の筋肉を強化することはできません。疲労がたまり、痛みが生じた佐藤は、6月21日の石川ミリオンスターズ戦では完封勝利を挙げて以来、1カ月以上投げることができませんでした。しかし前期、チームが最下位に終わり、改めて「自分が投げなければ」という自覚をもったのでしょう。後期はチーム一の勝ち星を挙げ、先発投手の柱として欠かせない存在となってくれました。

 一方、仁平は185センチ87キロと体格にも恵まれ、高い素質を持った投手です。しかし、それ故に高校時代からがむしゃらに努力することをしてきませんでした。これまではそれで通じていましたが、プロの世界はそう甘くはありません。オープン戦までは余裕を持って投げていた仁平ですが、シーズンに入ると、やはりそれまでとは違ったプレッシャーを感じたのでしょう。打線の援護で1勝はしたものの、本来のピッチングができず、「投げれば打たれる」という状態が続きました。そのうち「あそこが痛い、ここが痛い」と訴えてきました。もちろん、初めてのシーズンで疲れもたまってきていたでしょうから、痛みがあったかもしれません。しかし、精神的なダメージが一番大きかったのではないでしょうか。

 そこで、6月後半に一度ベンチから外すことに決めました。後期が始まるまでの間、基本的な走りこみ中心のトレーニングを繰り返し、一から体作りをさせたのです。それが功を奏したようですね。精神的にもリフレッシュでき、体力的にも力がついた結果、ようやく本来のピッチングを取り戻すことができました。8月12日の復帰戦、引き分けに終わりましたが、6回2/3を4安打無失点に抑える好投を見せてくれました。その後も安定したピッチングを見せてくれています。

 このように、選手たちは前期よりも随分と成長し、自分自身の実力を発揮することができるようになりました。投打のかみ合わせもよくなり、チームとしてもまとまりが出てきたように思います。ただ、8月末から続いた5連敗の後、今度は4連勝と浮き沈みが激しかったのも事実です。波に乗りやすいのですが、一度負けるとそのままズルズルといってしまう。信濃にとっては大一番だった18日からの4連戦で3勝1敗にもっていくことができれば、優勝の可能性がグンと高くなると思っていたのですが、結果は0勝2敗1分(1試合は雨天中止)。逆に優勝が遠のく結果となりました。

 今季も優勝することはかないませんでしたが、残り3試合、少しでも皆さんに成長した姿を見せられるように精一杯戦いたいと思います。


島田直也(しまだ・なおや)プロフィール>:信濃グランセローズピッチングコーチ
1970年3月17日、千葉県出身。常総学院時代には甲子園に春夏連続出場を果たし、夏は準優勝に輝いた。1988年、ドラフト外で日本ハムに入団。92年に大洋に移籍し、プロ初勝利を挙げる。94年には50試合に登板してチーム最多の9勝あげると、翌年には初の2ケタ勝利をマーク。97年には最優秀中継ぎ投手を受賞し、98年は横浜38年ぶりの日本一に貢献した。01年にはヤクルトに移籍し、2度目の日本一を経験。03年に近鉄に移籍し、その年限りで現役を引退した。日本ハムの打撃投手を経て、07年、信濃グランセローズのピッチングコーチに就任した。
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