第2回ワールド・ベースボール・クラシックは、日本が見事な2連覇を達成してめでたく終焉。その後、MLBのスター選手たちはすぐにそれぞれの所属チームに戻り「本番の戦い」に向けて準備を進めている。
(写真:第2回WBCを終え、息つく間もなく2009年シーズンが開幕する)
 すでにご存知とは思うが、WBCが盛大に盛り上がったのは一部の国のみ。特にアメリカ選手たちはWBCを調整の場として捉えていた感があり、ファンも即席の国際試合よりメジャー公式戦の方を楽しみにしていた。愛国心を煽られるトーナメントの緊張感も良いが、やはりベースボールの母国・アメリカの人々にとって「真の戦い」とはペナントレースなのである。
 それでは「前座」を終えて迎える待望の2009年のMLBシーズンは、いったいどんな戦いになるのか。今回は筆者の住むアメリカ東海岸の話題を中心に、4つの主な見どころをピックアップしていきたい。

【WBCの悪影響】

「第2回WBCは成功だった。なぜならMLBシーズンに影響する大きなけが人がほとんど出なかったからだ」
 国際試合への関心が低い米国内では、冗談とも本気ともつかないそんな声も囁かれている。確かに今季開幕に影響しそうなケガを負ったのはアメリカ代表のマット・リンドストーム投手くらい(日本の村田修一はメジャー選手でないので除外)。メジャー各チームのGMはとりあえず胸を撫で下ろしていることだろう。

 ただそうは言っても、ケガをしなかったからといって、多くの選手たちが3月という早い時期に全力プレーしたことが後々に響いてこないという保証はない。
 米大手の「スポーツ・イラストレイテッド」誌の調べによると、2006年の第1回WBCに登板した先発投手19人(前年に140イニング以上投げた実績のある投手に限定)の投球回数は、直後のシーズンで平均17%も減少(195回(05年)→163回(06年))。そしてその中で防御率が前年より悪化しなかったのはわずか3人だけという驚くべきデータが残っている。

 一方で打者の成績にはほとんど悪影響は出ていなかった。これらの統計はすべて理解の範囲内である。一般的に野手陣は2週間程度のトレーニングで全力プレーの準備が整うとされているのに比べ、投手は本来は2、3月の春季キャンプをフルに使って入念な調整を続けるものだからだ。

 WBC明けに揃って調子を落とすこのトレンドは、今季も続くのかどうか。パドレスのジェイク・ピービー、アストロズのロイ・オズワルト、さらにはレッドソックスの松坂大輔ら、WBCでかなりのイニングを投げ、今季も所属チームのエースとして期待される投手たちの状態に注目である。
(写真:WBCでMVPを獲得した松坂に疲れはないのか)

【優勝争い 〜東海岸の支配続く〜】

 ここ2年にワールドシリーズに進出した4チームのうち3チーム(レッドソックス、レイズ、フィリーズ)は両リーグの東地区に所属していた。そしてこの「東の支配」は今季も続きそうな気配である。

 ア・リーグ東地区にはレイズ、レッドソックス、ヤンキースという3強がひしめく。昨季プレーオフに進出したレイズとレッドソックスは力を保ち、業を煮やしたヤンキースのフロントも今オフに大補強を敢行。おかげで「東地区にはメジャー最高の3チームが集まった」と呼ばれるほどで、史上空前の高レベルな優勝争いが展開されそう。この中の1チームが、95勝以上を挙げながらプレーオフを逸したとしても驚くべきではない(1地区からポストシーズンに出られるのは最大2チーム)。

 さらにナリーグに目を転じても東地区は大混戦模様である。昨季王者フィリーズ、層の厚さではリーグ有数のメッツ、川上憲伸らを獲得したブレーブス、若手タレント揃いのマーリンズと、この中でどこが抜け出しても不思議はない。

 これほど東海岸にばかり強豪が集まる背景には、「派手な補強がいつでも敢行できる金満チームが多い」「メディア、ファンがより手厳しいため、シーズン中から緊張感のある戦いを強いられる」といった理由が挙げられる。いずれにしても今季も群雄割拠の東地区から真の強力チームが勝ち進み、ワールドチャンピオンに近づく可能性はかなり高そうだ。

【2つの新球場】

 米国を襲った未曾有の経済危機には依然として歯止めのメドがたたず、スポーツ界もしばらくは深刻な打撃を受けそう。MLBも今季は大幅な観客動員減が予想されているが、しかし、そんな中で大きな呼び物となってくれそうなのがニューヨークに誕生した2つの新スタジアムだ。

 16億ドルという莫大な建設費が費やされたヤンキースタジアムに関しては説明は必要ないだろう。筆者も3月下旬に初めて足を運んでみたが、「荘厳」という言葉がぴったりの見事な建物だった。衰えを知らないヤンキース人気と相まって、今後永くにわたり、米東海岸を訪れた者には決して見逃せないランドマークとして定着していくはずだ。
(写真:豪華絢爛な新ヤンキースタジアムを連日多くのファンが埋め尽くすだろう)

 またメッツのシティフィールドの方も、試運転の段階で評判は上々。ヤンキースタジアムほどの威厳はなくとも、「建物が奇麗」「試合が見やすい」といった賞讃が続々と聞こえてきている。売り物は1つ1つのシートの幅を広くしたことで、席数を増やすよりファンの快適さを優先した点に好感が持てる。

 ヤンキース、メッツがともに優勝争いへの参戦が予想されていることもあり、2つの球場は連日超満員となることが必至。MLB人気の低迷を阻む強力な起爆剤として、ニューヨークの観客動員力は業界全体から頼りにされていくだろう。

【A・ロッドの未来】

 何をやっても物議を醸す現代最大の風雲児アレックス・ロドリゲスは、今オフの一連の醜聞で(アンチヒーローとして)また新たな高みに達した感がある。
(写真:今季もA・ロッドの一挙一動には好奇の視線が寄せられるはず)

 過去のステロイド使用が明るみに出た上に、故障発覚でWBC辞退、手術を受けてシーズン序盤戦欠場……と相変わらず物騒なニュースが相次いだ。リハビリ中の現在こそ、その周囲はおとなしくなっているが、復帰すればまた騒々しくなることは確実。「リーグ最高の選手」から「パブリック・エネミーNO.1」へと急落したA・ロッドは、今後も最大の注目選手であり続けるはずだ。

 4月に発売されるセリーナ・ロバーツ氏(A・ロッドの薬物使用をすっぱ抜いた記者)の暴露本の中で、今度はどんな新事実が明らかになるのか? 臀部の故障から本当に予定通り5月に復帰できるのか? そしてたとえ戦列に戻れても、アウェー戦では絶えず鳴り響くであろう「ステロッド!」「A・ロイド!」の大コールの中でこれまで通りの数字を残せるのか?

 もしもこの騒ぎの後にチームを優勝に導けば一躍ヒーローともなり得るが、不発ならばさらなるブーイングは必至。数々の疑問が渦巻く中で、ロドリゲスはキャリアのターニングポイントと言えるシーズンを迎える。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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