4月14日、2009年の世界ボクシング界に重要な影響をもたらすであろう2つの記者会見がアメリカの東西で行なわれた。
 まずロスアンジェルスでは、現代のボクシング界を支えて来た人気ボクサー、オスカー・デラホーヤが現役引退を表明。1992年のプロデヴュー以降続いた長い「ゴールデンボーイの時代」についに終止符を打った。
(写真:デラホーヤが去って1つの時代が終焉した)
 そしてニューヨークでは、ウェルター級のチャンピオン同士の激突、ミゲール・コット(WBO王者)対ジョシュア・クロッティ(IBF王者)戦の開催が正式発表された。少々地味な実力者対決だが、この試合の勝者は今年後半に行なわれるであろう現役2大ビッグネーム(マニー・パッキャオ、フロイド・メイウェザー)との決戦に駒を進める可能性が大。5月以降の大試合ラッシュの一環として、決して見逃せない好カードである。

 米を襲った大不況のせいもあって、ここまでややスローペースだった今年の世界ボクシング界だが、この日を発端に大きく動き始めることになりそうだ。デラホーヤが去って、現代中量級戦線が新たに始動。そして2009年が終わる頃には、誰が真の覇者として君臨しているのか。楽しみな今後の戦いの中から、4つのポイントをピックアップして語っていきたい。

【パッキャオ対ハットン戦の行方】

 まずはもう間近に迫った今年最初のビッグマッチについて言及しておかねばならない。昨年12月にオスカー・デラホーヤを一方的な形で下したマニー・パッキャオが、今度は5月2日に英国の雄リッキー・ハットンと対戦する。

 階級はジュニアウェルター級で、ハットンが保持するマイナー団体IBOのタイトルにパッキャオが挑戦する形になる。しかし、この試合に関しては世界タイトルがかかっているかどうかなど関係ないだろう。焦点は勢いに乗る「小さな怪物」パッキャオが、ジュニアウェルター級を代表するタフガイ・ハットンをも打ち破れるかどうかに絞られる。
(写真:パッキャオ対ハットン戦を煽る看板がNYのタイムズスクウェアにも掲げられている)

 昨年12月の試合結果だけで「パッキャオは階級差を越えた力をもっている」と完全に認識されてしまった感があるが、しかし、あの試合でのデラホーヤがあまりにも精彩を欠いていたことを忘れるべきではない。すでに完全に峠を越えていたゴールデンボーイに比べ、ハットンはまだピークに近い位置にいる。スキルには欠けても馬力とスタミナに秀でたハットンは、パッキャオにとってデラホーヤ以上の難敵であることは間違いない。

「階級を越えた戦い」第2弾は、激しい打撃戦が濃厚。手数の多いハットンが相手では、パッキャオもある程度の被弾は覚悟せねばなるまい。そしてそのときに、もともとフライ級でスタートした小さな身体が真性ジュニアウェルター級の破壊力に耐えられるかどうか。

 それでも願望を込めてパッキャオの判定勝ちを推したいが、いずれにしてもスリリングな好ファイトが期待できそう。もしもハットンをもKOするようなことがあれば、パッキャオの名は現役ながらにして伝説的な位置に近づくことになるだろう。

【メイウェザー復帰へ】

 昨年6月に39戦全勝(25KO)無敗のまま引退した元最強王者、フロイド・メイウェザーの復帰の噂が最近は盛んに流れてきている。
 一説によると、試合を中継する「HBO」局はすでに7月11日をカムバック興行用に確保したとか。メイウェザー陣営も復帰の噂を否定しておらず、この日に復帰戦が行なわれる可能性は高い。

 とは言ってもいきなり大物との大試合に望むのではなく、まずはネート・キャンベル、リカルド・マヨルガ、ルイス・コラーゾといった元王者、挑戦者級を相手にチューンナップ戦を挙行。これを順当にクリアすれば、年末にもパッキャオ対ハットンかコット対クロッティの勝者、あるいはファン・マヌエル・マルケスらとの決戦に望むシナリオが有力だ。
(写真:メイウェザー(左)が復帰して、ハットンと再戦する可能性もある)

 ブランクの後でもメイウェザーの商品価値は衰えてはおらず、パッキャオやコットとの対戦が実現すれば10億円以上のファイトマネーを受け取ることになりそう。カラフルな最強ファイターの帰還は、ファン、アンチファンを問わず、ボクシングに携わるすべての人間にとって朗報に違いない。
 まずは7月のカムバック戦に注目だ。ぜひとも錆び付きのない好ファイトで、その後に続くビッグマッチの前景気を煽って欲しいものである。

【さらば、ゴールデンボーイ】

 現役続行を迷っていると噂されたオスカー・デラホーヤだったが、4月14日に正式に引退を発表。まだハットンかフリオ・セサール・チャベスJr.あたりと戦えば爆発的な興行収入を稼げたと思われるだけに、高い商品価値を保ったままのリタイアを惜しむ声もある。

 だが、良いタイミングの決断だったのだろう。パッキャオ戦を見れば、全盛期と比べれば、もう抜け殻程度の力しか残していないことは明白だった。それにボクシング界のイメージを少しでもクリーンにするためにも、ゴールデンボーイには奇麗に去ってもらう必要があった。

 思えばそのイメージ作りが抜群にうまい選手だった。決して圧倒的な能力を誇示するわけではなかったが、1試合ごとに話題を呼ぶストーリーを作り上げ、そのシナリオ通りにリング上で躍動した。誰と戦っても、最終的には(パッキャオ戦を除けば)大きく傷つかぬままリングを下りた。試合前後のプロモーションまでをも自身の仕事と認識し、イベント全体の盛り上げに尽力する。ある意味で最高のプロフェッショナル・ボクサーだった。

 最終戦績は39勝(30KO)6敗。シェーン・モズリー、バーナード・ホプキンスといった筋金入りの強豪には勝てなかった。ビジネスマンの表情が常に透けて見えるため、本格派を好むボクシングファンから心底愛された選手ではなかった。だがその圧倒的な人気と存在感で、近年のボクシング界を盛り上げてくれた功労者だったことに疑いの余地はない。

 さらば、ゴールデンボーイ――。ボクシングというスポーツ全体に明かりを灯すミスター・サンシャイン。私たちは彼の存在を遠からず懐かしむことになるのだろう。

【躍動する新星たち】

 最後に、これまで言及したデラホーヤ、メイウェザー、コットらの次の世代のスター候補たちも取り上げておきたい。
 前記したようにデラホーヤの穴埋めは様々な意味で難しいが、それでも昨年中にはアンドレ・ベルト(25歳/WBCウェルター級王者/24戦全勝(19KO))のようなスター候補が世界王座にたどり着き、また新風を吹き込んでくれた。2009年もさらなるライジングスターの出現に期待したいところだ。

 候補としてまず名を挙げるべきは、キューバ出身の破壊的パンチャー、ユーリオルキリス・ガンボア(27歳/フェザー級/14戦全勝(12KO))か。
このガンボアのパンチのパワーと切れ味は観ているものに戦慄を感じさせるほどで、試合がエキサイティングなことでは折り紙付き。アテネ五輪で金メダルを獲得したあとプロに転向し、米国でもすぐにリングの人気選手となった。

 今週末には暫定ながら早くも初の世界タイトル戦を迎える。ディフェンスが甘く、頻繁にダウンを喫してしまうのが玉にキズのガンボアだが、順当ならばまたも破壊的なKOでスターダムに名乗りを挙げることだろう。

 筆者の一押しは、スーパーライト級の新星ビクター・オルティス(24勝(19KO)1敗)。まだ22歳と若いが、すでにマイク・アナウータス、ジェフェリー・レスト、カルロス・マウサらの強豪を連破。ゆったりとした体格は一見すると歯切れの悪さを予見させるが、意外にも攻防兼備でコンビネーションも鋭い。デラホーヤの主催する「ゴールデンボーイ・プロモーション」所属選手の中でも「未来のエース」と期待を浴びている。こちらも今年中には世界戦のリングに立ち、その実力を世に示すことになるはずだ。
(写真:昨年中に戴冠したベルトに続くニュースターの台頭に期待したい)


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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