一体、何を言っているのか?
 9月23日、さいたまスーパーアリーナで自分の耳を疑った。
 秋山成勲の言葉である。
『DREAM6』の第9試合でカラテ家の外岡真徳(正道会館)に勝利した直後、リング上で彼は言った。
「年末、吉田秀彦とやりたいです。吉田先輩、後輩の挑戦、受けてくれますよね」
 自分がファンから、どのように見られているのか、自らがいかなる立場にいるのかについて、秋山は、まったく理解できていないように思えた。
「おいしい相手」
 そんな言葉を用いる選手は少なくない。つまり、人気の高い選手と対戦し、もし自分が勝てば、相手選手の人気を喰える……だから「おいしい」。世間が、その実力以上に強いと見ている人気選手が相手なら勝ちやすいので、なお「おいしい」。逆に実力はあるが人気の低い選手に勝っても、あまり注目されないから「おいしくない」となる。
 そんな損得勘定を露骨にするファイターが増えているが、感心できない。彼らの求めているものが「強さ」よりも「人気」に偏り過ぎているからである。

 秋山の吉田への挑戦表明は、「おいしい相手」を求めたようにしか私には感じられなかった。もう16年前のこととはいえ、バルセロナ五輪で金メダルを獲得した柔道家・吉田秀彦のネームバリューは絶大だ。しかし現在、彼がトップクラスにランクされるファイターだとは思えない。2006年7月にミルコ・クロコップにTKO負けして以降、3連敗。今年6月に約2年ぶりの勝利を挙げたが、対戦相手は、既にリタイア状態にあったモーリス・スミスだった。

 クリームを塗り、カラダを滑る状態にして試合(桜庭和志戦)に出場する反則を秋山が犯したのは一昨年の大晦日のことである。翌07年1月に、無期限出場停止の処分が下された。しかし、驚くべきことに、僅か10カ月後に彼はリングに復帰している。「無期限」とは1年にも満たない期間だったことになる。これは何だったのか?
 この判断自体は、大会主催団体によるものであり、是否を秋山に問うつもりはない。しかし、彼を見るファンの目が厳しくなるのは当然のこと。それに対してプロのファイターである秋山は、真正面から向き合い、応えていくべきではないか。彼がやるべきことは、「おいしい相手」を求めることではないだろう。むしろ、「おいしくない相手」との闘いを重ね、勝ち続け、反省と闘いに対する真摯さを示す必要があると感じる。
 そして、言うべきではないのか。
「桜庭さん、すみませんでした。もう1度お願いします」と。
 私は、それが、志高きファイターの選ぶ道だと思うのだが……。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜(文春文庫PLUS)』ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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