ヤンキースが凋落した今季、ニューヨークのもう1つの雄・メッツにかかる地元の期待は大きかった。
 そのメッツも序盤こそ低迷したが、シーズン中盤にジェリー・マニエルが新監督に就任して以降はチーム状態が一気に向上。9月中旬の時点でナリーグ東地区の首位をキープし、前途は洋々と思われた。
 しかし……3.5ゲーム差で迎えた最後の17試合で7勝10敗と崩れたメッツは、あっさりと地区2位に転落。さらにワイルドカード争いでもブリュワーズに敗れ、プレーオフ進出すら逃してしまった。
(写真:2年前は歓喜に浸ったデビッド・ライト(右)も勝ち運から見放されてしまっている)
「僕たちは失敗した。チーム全体でファンからの大きな期待を完全に裏切ってしまった。今シーズンを無駄にしてしまったんだ」
 チームリーダーのデビッド・ライトはシーズン最終戦を終えた直後、涙をためた真っ赤な目でそう語った。他の選手たちも、ある者は逃げるようにクラブハウスを去り、ある者は自身のロッカーの前でうなだれた。それは、取材する側のこちらまで胸が痛くなるようなシーンだった。

 屈辱的なシーズンを終えて、ニューヨークでは例の如く敗因探しが始まっている。守護神ビリー・ワグナー、本格派右腕ジョン・メイン、強打者モイゼス・アルーら、主力から次々と故障者が発生した不運はもちろん大きく響いた。ワグナーの離脱後に著しく弱体化したブルペンはチーム全体を悩ませ続けた。
 そしてそれらすべての戦力的な欠点に加え、メッツの最後の1カ月を身近に見守って来た筆者がなにより痛感させられたのは、ニューヨークという街で勝つことの難しさだった。

 話は1年前まで遡る――。昨シーズンのメッツは開幕直後から通じて悠々と地区首位を守り、最後の17試合を迎えた時点で2位に7.5ゲーム差と快適なリードを保っていた。 しかしそこからまさかの不振に陥り、残り試合を5勝12敗と惨敗。同時期に2位だったフィリーズがタイミング悪く調子を上げたこともあって、歴史に残る無惨な形で優勝を逃したのだった。
 そんな屈辱の記憶を背負って迎えた今季は、「絶対に負けられないシーズン」と騒がれた。オフには球界最高の左腕と言われたヨハン・サンタナが加入。補強の甲斐もあって、前述通り夏も終わりを告げた時点でプレーオフが充分に狙える好位置に付けた。あとは最後の力を振り絞ってラストスパートをかければ、2年越しの地区優勝は現実のものとなるかと思われたのだ。

 しかしその地点から、大都市ニューヨーク特有の独特のプレッシャーがメッツの背中にのしかかり始めた。
 地元報道陣は、9月の声を聞いたあたりから昨季の崩壊と結びつけた質問ばかりをしつこいくらいに主力選手たちに浴びせ続けた。「昨季の記憶は常に頭にあるのか?」「同じ失敗を繰り返さない自信は?」「1年前のチームとの違いはどこにあるのか?」……etc。
 ただでさえ他都市と比べて人数が格段に多いニューヨークのメディアたちは、ご存知の通り辛辣さでも定評がある。彼らにとって、2年連続で厳しいペナントレースに挑むメッツは扱うには格好のトピックだった。
 まるで失速を望んでいるかのような記者たちのネガティブな質問攻勢を聴いていて、選手たちが気の毒に感じたことも少なくない。メッツのメンバーが元々どれほど昨季のことを意識していたかは分からないが、大事な時期に連日そんな話を強要されれば、気にするなという方が無理な話だろう。
(写真:2年連続シーズン最終日に苦杯を喫し、シェイスタジアムの歴史は終わった)

 さらに言えば、本来なら最大の支持者であるはずの地元ファンからのサポートも、今季は特に乏しかった。2年連続でのプレーオフ逸を恐れたシェイスタジアムの観客たちは、少しでもメッツの形勢が悪くなると大ブーイング。チャンスで凡打した打者に、リードを守り切れなかった投手に、ニューヨーカーは容赦なく罵声を浴びせかけ続けた。
「ここのファンは例え勝っていても雲行きが怪しくなり始めたらブーイングするんだ。他の都市ではあり得ない話だから驚いたよ」
 今年からメッツに移籍したサンタナは愕然とした表情でそう語っていたが、確かにこれでは「地元の優位」などあったものではない。こんな状態ならば、ただでさえプレッシャーのかかる最終週の試合などすべてアウェーで行われていた方がまだ気楽に戦えたかもしれない。
(写真:ファンの熱い期待はチームをサポートしているとはとうてい言えない)

 もちろん精神的なプレッシャーがメッツの敗因のすべてだと言うつもりは毛頭ない。今季の「絶対必勝」の重圧にしても、もともと昨季に酷い負け方をしたがゆえに生まれたものなのだから、同情の余地はないのかもしれない。
 ただ、引きつった表情で凡打を重ね続けたメッツの選手たちは、シーズン最終週には本来の姿を完全に見失っていた。完全に押し潰されていた。そしてそうなった原因の大部分は、メディアとファンの厳しい要求と追求がゆえだったように筆者には思えてならなかったのだ。

 今季終盤のメッツを見ていて、ニューヨークのプロスポーツチームが特に近年は不振を囲っている理由について改めて考えさせられた。
 地元チームが最後にワールドシリーズを制したのは8年前――。2000年にヤンキースとメッツの「サブウェイ・ワールドシリーズ」が史上初めて実現し、街は文字通り爆発した。
 それ以降、ヤンキースは給料総額でMLBのトップを走り、メッツも今季は全体3位。観客動員数でも近年のヤンキースは年間400万人をゆうに超え、メッツも今季はフランチャイズ史上最高を記録した。しかしそんなビジネス面での隆盛に反し、両チームともにみるみるうちに輝きを失ってしまった。今季に関してはヤンキース、メッツともにプレーオフ進出すら叶わなかった。

 同じアメリカでもより人々の気性が穏やかな地域であれば、過去2年のメッツのように最後まで地区優勝を争えばそれだけで一種の成功とみなされる。
 だがニューヨークではそうはいかない。「世界の首都」に本拠を置くメッツとヤンキースが、他チームは絶対に味あわない圧力の下で戦うことを余儀なくされているのは紛れもない事実だ。
 記者たちはともかく、誰より地元チームの成功を望んでいるはずのファンの想いが、チームの成功を妨げる一因となってしまっているとすればこんなに皮肉なことはない。だが実際に、近年のニューヨークでの注目度と実績の反比例が、まったくの偶然だとは筆者には到底思えないのである。
(写真:シェイスタジアム閉幕セレモニーは敗北の余韻の中で寂しく行なわれた)




杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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