「後医は前医を批判せず」。医療の世界にはこんな不文律がある。元々は貝原益軒の「たとえ誤るとも、前医をそしるべからず」という言葉に端を発している。
 良心的に解釈すれば病状は日々刻々、変化する。医師はその場その場で全力を尽くしているのだから、後で診た者がああだこうだと治療法の是非を論じるのはアンフェアだということなのだろう。かつてはこの姿勢を貫くことこそが医師の美徳とされてきた。

 しかし近年は、医療界の身内に甘い体質こそが医療過誤や医療事故の遠因となっていると警鐘を鳴らす医師が増えてきた。新日本プロレスのリングドクター富家孝氏もそのひとり。「医者の世界はかばい合いが強く、それが隠蔽体質につながっている。中には医療事故の意見書すら書きたがらない医者がいる。互いが互いを批判し合ってこそ医療技術が磨かれ、ひいては国民の利益につながる。守るべきは身内ではなく患者なのに……」

 閑話休題。第2回WBC日本代表監督に巨人・原辰徳監督が就任することが決まった。異論はない。スポニチアネックスのアンケートによればファンの約6割がこの決定に賛成している。支持率が高ければ勝てるわけではないが、応援する人が少ないよりは多い方がいい。それが代表チームへの追い風となる。

 残念だったのは2回にわたって開催されたWBC体制検討会議でどんな議論が展開されたのか、ほとんど明らかにされなかったことだ。機密事項があるのはわかる。しかし、あったとしてもそれはごく一部だろう。せっかく会議には星野仙一氏も出席していたのだ。北京で惨敗した理由、その検証結果がどのようなものであったか聞きたかった。また他の出席者はそれに対してどんな意見を述べたのか。議事録があるのなら公開して欲しい。

 代表監督を選定する上で候補者の評価を避けて通ることはできない。プライバシーに対する配慮は言うまでもないが「後医は前医を批判せず」あるいは「周医は前医を批判せず」的な態度では、なかなか議論は深まっていかないだろう。
 WBCは「世界」を相手に戦う。日本的ななれあい人事はもはや通用しない。将来的には外国人監督の登用もありえよう。誰を選ぶかも大事だが、どう選ぶか、どうして選んだかも明確にすべきである。

<この原稿は08年10月29日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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