暴論を承知で書く。石井慧よ、“吸血鬼”を目指せ! 何も相手に噛みつけと言っているわけではない。“吸血鬼”の異名で恐れられたプロレスラー、フレッド・ブラッシー(故人)ばりの暴言術を身をつけろと言いたいのだ。

 プロ転向宣言を行う前から石井の発言に注目してきた。「日本人らしい柔道って何ですか?」「美しさを追求するなら、体操でもやっていればいい」「僕にとって柔道はケンカです」「優勝できたのは、皆さんの応援のおかげではなく、自分の才能のおかげです」。品はないが、インパクトはある。自らヒール役を買って出ているようなところがあった。
 プロはただ強いだけではメシは喰えない。とりわけ格闘技の場合はそうだ。世間の耳目を引かなければならない。全盛期のアントニオ猪木などは“ひとり広告代理店”と呼ばれたものだ。

 さて格闘技史上、“最凶”の暴言王は誰か。それが先に紹介したブラッシーである。リングではまるでバンパイアのように両手を開き、歯をむいて相手に襲いかかり、ガブリと額に噛みつく。私の少年時代、ブラッシーがガブッとやった瞬間、隣近所から「ギャー」という悲鳴が聞こえたものだ。

<当時の朝日、毎日、読売の3大紙に掲載された記事を参考にすると、岐阜県の65歳の男性を始め、富山県の71歳の女性、高知県の70歳の女性、山梨県の74歳の男性、大阪府の64歳の男性、茨城県の70歳の男性が、それぞれプロレス中継の途中か放送終了後に気分が悪くなって救急車で運ばれ死亡している>(竹内宏介著『さらばTVプロレス』)。3大紙に掲載されただけで6人ということは、実際にはもっと多くの被害者が出ていたのではないか。

 だが、ブラッシーのヒールとしての真骨頂はパフォーマンスよりも眉をひそめたくなる暴言にあった。極めつけはこれだろう。「オレはオマエの母親だって噛み殺してやる!」。背筋が凍るような言葉だ。「オマエを噛み殺す」ならともかく「母親を噛み殺す」のだ。公序良俗もへったくれもあったものではない。しかし今にして思えば、この暴言も世間の憎悪を一身に集めるための計略だったのだろう。

 プロレスと総合格闘技の違いはあるが、言葉による演出は興行を成功させる上での大切なファクターのひとつだ。毒舌家の石井には、もうそれだけでトップヒールになる資格がある。

<この原稿は08年11月5日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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