今年7月、現役引退を表明した野茂英雄が、11月12日から3日間限定でオリックスの臨時投手コーチを引き受けることになった。
 野茂に臨時コーチを依頼したのは近鉄時代の先輩である大石大二郎監督。野茂は今でも近鉄時代の元チームメイトたちと良好な関係を保っている。

 大石監督が「来てくれるなら早いほうがいい」と頼むと「じゃあ秋から行きます」と二つ返事で了承したという。
 レギュラーシーズン2位になったオリックスは今季、2ケタ以上勝ち星をあげた投手が4人も現れた。小松聖15勝3敗、防御率2.51、近藤一樹10勝7敗、防御率3.44、金子千尋10勝9敗、防御率3.98、山本省吾10勝6敗、防御率3.38。大石監督が目論むのは伝家の宝刀フォークボールの伝授だ。

 コーチ経験のない野茂だが、指導力には定評がある。「野茂さんの教え方はわかりやすい」。何人かの若手投手からそう聞いたことがある。
 野茂教室の生徒第1号といえば現在、北海道日本ハムで投手コーチを務める吉井理人か。野茂からフォークを教わったことでピッチングの幅を広げ、メジャーリーグでも成功を収めたのはよく知られる話だ。
 通常、フォークボールは人差し指と中指でボールをはさみ、親指でロックする。これが基本的な投げ方。ところが野茂は薬指もロックするのに用いる。さらに言えば手首を返さず、固定したままでボールをリリースする。近鉄からヤクルトに移籍する前、吉井は野茂からオリジナルな投げ方を教わった。吉井はこう解説する。

「フォークの基本はワンバウンド。それが彼の考え方。彼はストレートもフォークボールも同じ腕の振りで投げる。だからバッターは見分けがつかない。彼が強調したのは“フォークあってのストレート”ではなく“ストレートあってのフォーク”ということ」
 フォークボールを伝授するに際し、野茂は吉井に「もっと指先に意識を集中させてボールを持ったほうがいい」と説いたという。
 再び吉井の解説。
「指先に力を入れることでスピードが落ちる。125キロのスピードなら、スッポ抜けてもチェンジアップになる。ところが135キロ(のフォーク)だと、落ちないと単なる棒球のストレートになってしまう。これはあまりにも危険。おそらく野茂はそのことを言いたかったのでしょう」

 オリックスのローテーション投手はまだまだ発展途上である。小松、山本、金子の3人はいいフォークを持っているが、野茂から教えを乞うことで、さらに磨きがかかるのではないか。
 野茂は自ら選手たちにああだ、こうだというタイプではない。自分の意見を押しつけたりもしない。自主性を重んじ、個性を大切にする。そのかわり、来る者は拒まず、誰に対しても丁寧に教える。野茂臨時コーチは大石監督のクリーンヒットである。

<この原稿は2008年11月23日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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