ドゥンガが、ブラジルの貧富の差に気がついたのは、まだ幼い頃だった。
 クラブの下部組織の一員として、様々なクラブと練習試合を行った。ある時、いわゆる貧民街で試合をしたことがあった。粗末な建物の中にあるピッチはところどころ雑草が生え、石ころだらけだった。揃いのユニフォームは色が褪せていた。選手たちは、きちんと栄養をとっていないようにも見えた。

 ドゥンガの家庭は非常に裕福とはいえなかったが、日々の食べるものに事欠いたことはなかった。そして、教育を重んじ、子供たちを大切にしてくれていた。全ての子供たちが親の愛に包まれて成長しているわけではないことを肌で感じた。
 ドゥンガは将来サッカー選手として身を立てることも考えていたが、弁護士になって貧しい人の役に立つことも悪くないと思うようになった。
 彼は、ポルトアレグレのインテルナシオナルというクラブで頭角を現し、コリンチャンス、サントスなどのブラジル国内の名門クラブでプレーをした後、イタリアに向かった。 
 欧州にも貧富の差はあったが、ブラジルほどではなかった。クラブの美しい芝で下部組織の子供たちが、真新しいユニフォームで練習をしている姿を見ると、ブラジルの貧民街で見た子供たちの顔を思い出すことがあった。
 自分の私財で彼らの援助するのはもちろんだが、世界中の人々にブラジルの状況を知らせなければならない。イタリアから移籍したドイツで、チャリティ活動を始めることにした。
 現役引退後、彼は活動の規模を大きくした。この時、レスチンガ地区の他、クルゼイロ地区でも、ドゥンガたちは「スポーツクラブシチズン」の施設を展開していた。あまり知られていないが、クルゼイロ地区の施設に併設してあるピッチの建設費用の半分はジュビロ磐田が提供している。そうした支えを彼は何より嬉しく思っている。


 翌日、僕たちはクルゼイロ地区の施設に出かけた。クルゼイロ地区は、レスチンガ地区よりも、さらに治安が悪い。施設は頑丈な柵で覆われていた。中に入ると、子供達の明るい声で溢れていた。
 子供たちは、僕のカメラを見ると、「写真を撮って」と自分のことを指さした。
(写真:子供たちはみんな元気である。カメラを向けると歓声を上げた)

 僕はドゥンガに施設を案内してもらった。子供たちは、僕の後をついて歩き、カメラを向けると、レンズの先に走って、写真に映ろうとした。
 どの部屋を開けても、子供たちは満面の笑みで、歓声を上げながら写真に収まった。
 僕の使っているキヤノンのデジタルカメラのモニター画面を見せると、子供たちは目を丸くした。
「すごい!」
 もう何回も写真に写っている太った女の子がいた。
「ねぇ、この施設の自然な姿を撮りたいんだ。いつも、君が写っていたら変だろ」
 僕が苦笑しながら言うと、
「それでもいいじゃない。もっと撮ってよ」
 と大きな声で笑った。
 しばらく写真を撮っていると、ドゥンガのところで働いているスタッフの一人が僕のことを呼んだ。
「もし可能なら、なんですが……」
 この施設にいるほとんどの子供は、自分の写真を一枚も持っていないのだという。
「ここで撮った写真をプリントアウトして送ってもらえれば、子供たちはどんなに喜ぶことでしょう」
 僕は、戻ったらプリントアウトして写真を送ると約束した。そして、いつもよりも多めにシャッターを押すことにした。


 この日はちょうど、「誕生日会」が行われていた。
 扉を開けると、長テーブルが並べられており、子供たちが「ハッピーバースデー」を歌っていた。前のテーブルには四角い形をしたバースデーケーキが置いてあった。子供たちは手を叩きながら、大きな声で歌を歌った。
 ドゥンガの姿を見つけると、子供たちは嬉しそうな顔をした。
 ここにいるほとんどの子供たちは、親から誕生日を祝ってもらうことはない。人から大切にされること、愛を受けなければ、人を大切にすることも愛することもできない。毎月ごと誕生日会を催し、ケーキを調達して、祝うことにしていた。
(写真:誕生日会はみんなの楽しみである。甘いケーキを好きなのは万国共通である)

 歌を先導していたスタッフがドゥンガに駆け寄って、何か耳打ちした。ドゥンガの顔が少し曇ったように見えた。
 歌が終わって、ケーキを食べ始めると、彼は一人の子供のところに近づき、腰をかがめた。日本で言えば、小学校に上がったばかりの年端のいかない子供と小さな声で話すと、彼の身体を抱きしめた。
 少年の親は、麻薬組織の抗争に巻き込まれて、先日殺されてしまったという。
 少年は、何も言わずドゥンガの首にしがみついて、じっとしていた。ドゥンガもまた、何もいわず目を閉じて、しばらく少年のことを抱きしめていた。
 この地区では、こうした悲しい出来事が、頻繁に起きる。
「子供の気持ちを変えることは難しくない。しかし、すでに成長してしまった、親の気持ちを変えることはできない。一度、悪い道に染まってしまうと、分かっていても、抜けられないことがある。その影響を子供が被る。そうした負の連鎖から、いかに子供たちを守ることができるか。それが僕たちに与えられた使命だと思っている」
 日本では、ボランティア、チャリティと聞くと、政治的な色彩を帯びた“胡散臭さ”を感じることもある。そんな僕も、ここにいる子供たちの姿を見ると、行動を起こさなくてはならないと思ったドゥンガの気持ちは痛いほど理解できた。

(Vol.4へ続く)


田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクションライター。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、出版社に勤務。休職して、サンパウロを中心に南米十三ヶ国を踏破。復職後、文筆業に入る。現在、携帯サイト『二宮清純.com』にて「65億人のフットボール」を好評連載中(毎月5日更新)。08年3月11日に待望の新刊本『楽天が巨人に勝つ日―スポーツビジネス下克上―』(学研新書)が発売された。




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