西武−巨人の日本シリーズと言えば伝説的なシーンがある。1987年ということは、今からもう21年も前の話だ。
 シリーズ第6戦の8回、衝撃的なプレーが飛び出した。

 2対1と西武が1点リードで迎えた2死1塁、秋山幸二の打球はセンター前に飛んだ。巨人のセンター、ウォーレン・クロマティが緩慢な動作でボールを処理する。
 クロマティは中継に入ったショートの川相昌弘にボールを返した。普通なら1、3塁の場面だ。
 ところが、あろうことか1塁ランナーの辻発彦はノンストップでサードベースを駆け、本塁へと迫っていた。
「暴走だ、殺せ!」
 守備コーチの土井正三が金切り声を振り上げた時には、もう遅かった。貴重な追加点を挙げた西武は、このゲームを3対1で取り、日本一を達成した。

 プレーの質は違うが、今年のLG決戦で21年前のシーンがふと頭に浮かんだ。
 シリーズ最終戦、2対1と巨人1点リード。8回表、西武の先頭打者・片岡易之は越智大祐から左肩に死球を受け、出塁した。
 普通なら怒る場面だが、ポンと手を叩き、喜び勇んで一塁へ走った。もうこの時点でやることは決めていたのだろう。
 初球、片岡は迷わずスタートを切った。このシリーズ、5盗塁目。栗山巧のバントで3塁へ進み、中島裕之の3塁ゴロの間にホームベースを駆け抜けた。
 いわゆる“ギャンブルスタート”というプレーである。バッターが内野ゴロを転がすことを前提にスタートを切る。空振りすれば、三本間に挟まれるリスクがあるが、そんなことは気にしない。文字どおりのギャンブルだ。
 この回、西武は片岡の足で同点に追いついた。足で貴重な1点をもぎとる。21年前もそうだった。このソツのなさこそが西武の伝統なのだ。
「このシリーズ、待てのサインは一度もなかった」
 試合後、胸を張って片岡はそう答えた。

 実は初回にも似たようなシーンがあった。
 レフト前ヒットで出塁した片岡は盗塁と暴投で3塁へと進んだ。アウトカウントは1つ。中島のショートゴロの間にホームベースを狙ったが、返球の方が速く三本間に挟まれて3塁タッチアウト。
 普通の選手なら、1度痛い目に遭うと、どうしても消極的になるものだ。同じような失敗を2度、繰り返すわけにはいかない。
 ところが片岡は違った。リベンジのチャンスを虎視眈々と狙っていた。それはベンチの渡辺久信監督も、きっと同じ思いだったに違いない。

 今季、片岡は2年連続で盗塁王に輝いた。昨季が38個で今季は50個。「盗塁は足ではなく目でするものです」と言ったのは通算1065盗塁の福本豊だが、経験を積めば、もっと盗塁は増えるに違いない。そのためには出塁率の向上が急務か。

<この原稿は2008年12月7日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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