「石井が総合格闘技へ行ったら、どれくらい強いんですか。ミルコには勝てますよね。ヒョードルといい勝負ですか? なにしろ柔道で金メダルを獲ったばかりの選手ですからね」
 最近、そんな風によく話しかけられる。
 もう少し格闘技を深く観ている人になると、こんな風に声をかけてくる。
「石井は通用しますかね。打撃に対応できるかどうかがポイントでしょうか。でも、まだ20歳過ぎで若いでしょ。可能性は十分にありますよね」
 総合格闘家への転向を表明し、おそらく大晦日は『Dynamite!!』のリングに上がり何かしらの挨拶をするのであろう石井慧は、いま話題の人である。今年夏の北京五輪柔道100キロ超級で石井は堂々、金メダリストに輝いた。柔道で世界のトップに立ったのだから石井から格闘家としての能力の高さを感じないわけにはいかない。しかし、柔道と総合格闘技は、その性質は大きく異にする。ルールも違えば、取り巻く環境も、闘いに求められる要素も別物だったりする。

 つまり、石井は柔道の金メダリストであり、そのネームバリューゆえに優遇される部分があるにしても、総合格闘技においてはルーキーなのだ。ミルコ・クロコップやエメリヤーエンコ・ヒョードルと現時点で実力を比較するのは石井にとって酷であり、また、先駆者たちに対して失礼だろう。

 さて、石井が総合格闘技で通用するかどうか? 素材的には十分に通用する、と私は思っている。一部には柔道家が打撃に対応できるのか……と不安視する向きもあるが、その心配はあまりしていない。
 もしも石井が、打撃の攻防を未知のものであり、特別なものだと捉えてしまったならば危ういと思う。でも、そんな風に捉える必要はない。石井も、おそらく相手のパンチやキックを怖がらないだろう。パンチを放ってくる拳は、柔道時代の対戦相手が奥襟を掴もうと差し出してくる手と同じである。いや、総合格闘技における打撃系ファイターのパンチよりも、世界のトップにいる柔道家の方が腕の差し出しにはスピードがあるかもしれない。パンチの痛さなど、柔道の頂点に登りつめるための苛烈な日々を思えば、大したことではないではないか。そう、打撃を特別なものとは考えずに闘えるかどうかがテーマなのだ。

 相手の打撃に対して臆して下がった時、確実に不利な状況に追い込まれる。ミルコの、これまでの闘いを振り返れば、そのことは明白だ。ミルコは、自分の打撃を極度に警戒し後退する相手には、とてつもなく強い。しかし、「パンチなどは額で受けてやる」とばかりに前進してくる勇敢な男には、自らの力を十分に発揮できなくなってしまうのだ。

 石井は、自分を信じて前へ出ればいい。失敗を恐れる必要はない。まだ21歳……少しばかり失敗しても、やり直す時間は、いくらでもあるのだ。そう言えば、吉田秀彦が以前、自分に言いきかせるように言っていた。
「守ったら負け。攻めれば勝てる。『前へ』ですよ」

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜(文春文庫PLUS)』ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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