今月上旬に開催されたウインターミーティングの時期を前後して、逆襲に向けて必死のヤンキースが大補強を敢行した。
 まずは今オフの目玉と言われたCC・サバシアを7年1億6100万ドルもの大金を費やして強奪。続いて才能ではメジャー屈指のAJ・バーネットに対しても、市場価格を大きく上回る5年8250万ドルを提示して首を縦に振らせた。
 まるで数年前までのヤンキースを思わせる札束攻勢で、2人の上質な先発投手を首尾よくゲット。これで来季の先発ローテーションはサバシア、バーネット、王建民、ジョバ・チェンバレンを含む豪華なものになる。
 さらにマーケットに出ているデレック・ロウ、ベン・シーツらまで狙っているというのだから恐れ入る。絶対に負けられない来季に向けて、ヤンキースはこの時点で早くも戦闘態勢を整えたと言って良いだろう。
(写真:松井秀喜とヤンキースにとって来季は背水の陣で臨むシーズンとなる)
 ここまでのヤンキースの動きを見ると、若手育成をうたい文句にした昨年とは方針を180度転換し、金に任せたなりふり構わぬ補強を行っているように思える。
 現に低予算チーム・マーリンズのデビッド・サムソンGMをはじめ、強引なやり方への不満を公に述べる業界関係者も出現。この不況下にたった2人の投手に2億ドルを費やした動きは確かに常軌を逸している。昨季14年ぶりにプレーオフを逃して慌てた「悪の帝国」が、我慢しきれず再び牙をむいたと目されても仕方のないところかもしれない。

 ただ一連の補強内容を詳しく検証していくと、今季の動きはただただ乱暴だった過去のスター買いあさり政策とは一線を画していることにすぐに気づく。
 まず第一に、今オフのヤンキースには契約切れの選手(ジェイソン・ジアンビ、ボビー・アブレイユ、マイク・ムシーナ(引退)など)が多いため、もともとペイロールに8500万ドルもの空きが出きていたことを留意すべきである。昨季中にむやみな契約延長などを行わず自重したがゆえに、この余裕を生みだせたのだ。
(写真:新球場で迎える来季はフランチャイズにとって重要なシーズンとなる)

 果たして、先日サバシアとバーネットに大枚をはたいたとはいえ、それでも2人の来季年棒は併せて4000万ドル程度。さらに先発投手をもう1人とセンターのレギュラーとしてベテランのマイク・キャメロンを迎え入れる予定というが、それらすべてを含めても必要な総額は8500万ドルには及ぶまい。
 結果として、来季のペイロールは約1億8000万ドル〜9000万ドル(昨季は2億ドル超)あたり。一見すると「金にものを言わせたスター強奪」を展開しているようにみえるが、実はヤンキースは1年前より経費を削減しているのである。

 さらにもう1つ、何より重要なのは、今季のヤンキースは自前の若手ホープたちを放出せずに補強策をほぼ完遂させた点だ。
 もしも昨オフの時点でまだ契約を1年残していたヨハン・サンタナを獲りにいっていたとしたら、ヤンキースはフィル・ヒューズ、イアン・ケネディらを放出せねばならなかった。しかし今オフに完全FAとなったサバシアの場合には獲得に必要なのは金銭のみ。おかげでヒューズ、ケネディ、オースティン・ジャクソン、ロビンソン・カノら、ヤンキースが期待をかけるヤングガンたちは依然としてすべてチームに残っている。
 彼らは昨季にそろって結果を出せなかったため、現在は忘れられた存在になってしまった。ただ、もともとポテンシャルの高い伸び盛りの選手たちなのだから、ちょっとしたきっかけで完全開花しても不思議はない。昨季に曲がりなりにも経験を積み、サバシアらの加入のおかげでプレッシャーが軽減する来季こそがブレイクのチャンスかもしれない。

 2009年のヤンキースは、まずはサバシア、バーネット、王建民らに屋台骨を背負わせることになる。彼らが評判通りに力を発揮してくれれば素晴らしいし、もしも故障などに見舞われてしまった場合にはヒューズ、ケネディらをその代役に登用できる。よりフレキシブルな起用法が可能になるのだ。
 1年前にサンタナを無理に取りにいくのではなく、ほぼ同等の力を持ったサバシアがFAになるのを今オフまで辛抱強く待ったために、昨季のヤンキースはプレーオフ逸という屈辱を味わうことになった。ただそのおかげで、来季はより層の厚い投手陣を構成できそうなのである。
(写真:故障からの復権を期す王建民の状態もポイントの1つ)

 もちろんこうやって先発投手陣を強化したからといって、それだけで来季の成功が約束されるわけではない。疑問点は山ほどある。
 デレク・ジーター、アレックス・ロドリゲス、ホーヘイ・ポサダ、松井秀喜、ジョニー・デーモンら30代の高齢野手陣は、長いシーズンを乗り切れるのか? 昨季は選手、メディアメンバーと良い関係を築けなかったジョー・ジラルディ監督は、2年目に真価を発揮できるか? 例えヤンキースが向上途上とはいえ、レイズ、レッドソックスを擁する強豪ぞろいのア・リーグ東地区を抜け出すに十分な戦力と言えるのか……?

 それ以外にも不確定要素は多く、王座復活への道はまだまだ長く険しいのだろう。ただ少なくとも逆襲への第1歩として、ブライアン・キャッシュマンがかじ取りを担ったであろう今オフの補強策はそれなりに理にかなったものに思える。来季に覇権を得る準備が整ったかどうかはともかく、ここ数年は迷走を続けたヤンキースが正しい方向に向かっていることは間違いない。
 さて、今後はさらにどんな方法で上位との差を詰めていくか? どういったメンバーで新球場での開幕を迎えることになるのか? もうしばらく、手負いの元王者から目が離せない日々が続きそうである。
(写真:ベーブ・ルースも名門チームの復活を待っている)


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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