韓国の三星ライオンズが2009シーズン、前中日作戦兼外野守備走塁コーチの長嶋清幸を打撃コーチとして迎えることになった。
 三星はこの3年間、打撃不振に悩まされてきた。06年は2年連続で韓国王者になったにもかかわらず、チーム打率は2割5分5厘と低迷した。

 4位に終わった07年はチーム打率2割5分4厘。これはハンファ・イーグルスとならんで8球団中、最低だった。
 08年は4位。チーム打率は2割5分8厘とわずかにアップしたが、8球団中6位。そこで球団は日本で9年間のコーチ経験がある長嶋に白羽の矢を立てた。

 長嶋清幸といえばカープファンには忘れられない名前だ。ドラフト外で入団し、4年目には“ミスター赤ヘル”山本浩二を押しのけて、センターのレギュラーの座を掴んだ。
 84年の日本シリーズでは阪急相手に3本のホームランを記録し、MVPに輝いた。この年の日本一が、現時点ではカープ最後の日本一である。
 84年はレギュラーシーズンでも派手なことをやってのけた。9月15日と16日、巨人相手に2試合連続のサヨナラアーチを見舞ったのだ。
 しかも打ったピッチャーがすごい。1本目は西本聖から、そして2本目は江川卓から。2試合続けて巨人のエースをKOしたのだ。
 その中でも「特に最初の1本目は思い出に残っている」と長嶋は言う。

「0対2で負けていた9回裏。無死1、2塁。普通に考えれば送りバントの場面ですよ。まずはランナーを2人、スコアリングポジションに置いて同点を狙うのが基本。
 ところがベンチからは何もサインが出ない。エッと思って、僕は一度、打席を外しているんです。確認しても、やっぱり出ていない。
 ここで頭を切り替えた。最悪でも2人のランナーを進めなくてはいけない。引っ張れるボールだけを待とうと。頭の中にあったのはそのことだけ。
 バッテリーは西本さんと山倉和博さん。2人は当然、“ここは送りバントしかない”と思ったはず。西本さんはめちゃくちゃフィールディングが巧い。おそらくバントをさせてサードでアウトを取ろうという作戦だったと思うんです。
 一球目、力のないボールがど真ん中にきた。フルスイングすると、打球はライトスタンドへ。“オマエはバントすると思っていたよ”。阪神で一緒にコーチをやった時、西本さんからそう言われました。
 すごかったのは監督の古葉竹識さん。すべて読みきっていたのでしょうね。だから敢えてサインを出さなかったんじゃないか。一度、真相を聞いてみたいんですけど、よう聞けんですよ。そのくらいの威厳が監督にはありましたから……」

 長嶋には選手、コーチで6度のリーグ優勝を経験している。日本のプロ野球で得たハイレベルな野球技術を、三星の選手たちに伝えようと考えている。

<この原稿は2009年1月4日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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