NHKが先頃放送した「プロ魂〜王監督のメッセージ」という番組は、本人自らの言葉や関係者の証言を通して王貞治という人物の内面に迫る、見応えのある番組だった。
 巨人V9時代の同僚で、王より6つ年上の国松彰がこんな証言をしていた。

「王はね、(ボールがピッチャーの)手を離れるまでものすごく見るっていうんです。凝視していると。それ以上に投げるボールの芯まで一生懸命見ようと、あのどんぐりまなこでキッと見つめるというんです。これはもう名人の領域でしょうね。それを聞いていた僕も真似すればいいんだけど続かない。二流、三流はね」
 国松は自らをこう卑下するような二流選手では決してなかった。あの強かった巨人でONの後の5番を打ったのだから一流の打者である。その国松がこう言って舌を巻いたのだから、やはり王は別格だったということだ。

 私も王から似たような話を聞いたことがある。
 現役時代、キャンプに入ると王はまずブルペンに足を運び、打席でピッチャーが投じるボールに何百球と目を通したというのだ。もちろん、その間バットは振らない。
「今のバッターはキャンプに入ってもブルペンに入ろうとしない。バットを振る前にまず目を鍛えておかなくてはならないのに。目を鍛えるためにはピッチャーが投げる生きたボールを見続けるのが一番いい。こういうトレーニングは誰かに言われてやるのではなく、自分で考えなくてはならない」

 通算本塁打数868本。日本プロ野球においては不滅の大記録だが、通算四球数2390を塗り替えるのはさらに困難だろう。ストライク、ボールを見極め、同じストライクでも打つか見送るかを正確に、しかも瞬時に判断する“眼力”があったからこそ王貞治は不世出のスラッガーたりえたのだ。このような名人の極意を神棚に飾っておくだけではもったいない。

<この原稿は2008年12月20日号『週刊ダイヤモンド』に掲載されたものです>

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