現在のアメリカスポーツ界は、A−ロッドことアレックス・ロドリゲスのステロイド問題のニュース一色に染まっている感がある。
「スポーツ・イラストレイテッド」誌に過去の薬物使用をすっぱ抜かれたA—ロッドは、すぐに「ESPN」局で釈明インタヴューを敢行。さらに春季キャンプ地入りした2月17日には、約200人の報道陣を集めて合同記者会見を行なった。その席では「自分は若く愚かだった」と繰り返し語り、未熟さゆえの過ちだったことを強調。加熱する一方の論議と取材攻勢を、なんとか沈静化させようとする痛々しい姿勢が見受けられた。
(写真:薬物使用をすっぱ抜いた「スポーツ・イラストレイテッド」誌もこの事件を大々的に扱っている)
 A−ロッド自身が述べていた通り、ステロイドなど誰でも使っていた(とされる)時代の話だし、当時は薬物検査が確立されていなかったのも事実。しかも秘密裏に行なわれたはずの検査結果が明るみに出たことで、彼がたった1人で集中砲火を浴びている現状に同情を述べる者も少なくない。

 ただ、どう言い訳しようと不正な方法で成績を向上させようとしたことの罪に変わりはないし、それにこれまで「薬物など自分には必要ない」としたり顔で嘘をつき続けていたことへの心証も極めて悪い。

 また「ESPN」でのインタヴューから17日の会見まで8日しか経ってないのに、発言内容の多くが変わっている点も釈然としない(「何の薬物を服用したか覚えていない」→「“ボリ”と呼ばれる薬を使った」、「薬はどこにでもあるドラッグストアで手に入れた」→「従兄弟がドミニカ共和国から運んだ」)。それ以外にも、矛盾を感じる理屈は山積みだ(「悪いことをしている自覚がなかった」のに、なぜ「従兄弟との間だけの固い秘密」にし続けたのか?)。

 そもそもあれだけコンディションに気を使う選手が、いくら「若く愚かだった」とはいえ、「ステロイドとは知らず」に3年間も薬物を使い続けるとは信じ難い。状況的に、これまで2度の発言機会でA−ロッドがすべての真実を述べたとはどうしても考えられない。

 こうやって体裁を整えることばかり望むような姿勢を貫く限り、名誉回復は難しいだろう。例えアンフェアな形でスケープゴートにされている感はあっても、この修羅場で正直になれないのなら、彼が全米的な批判を浴び続けるのは仕方がないことに思えてくる。
(写真:ジョー・トーリ前監督の暴露本の中でもAーロッドは「詐欺師」と叩かれ物議をかもすことになった)

 いずれにしても「A−ロッド薬物事件」はもうしばらく尾を引き、今後も様々な真実と憶測が乱れ飛ぶのだろう。明らかにされていない事実が多く、深い取材も難しい現状で、これ以上の私見を述べることは避けたい。

 ただ、現時点で筆者が非常に残念に感じていることが1つある。それはこれから先にどう転んでも、この不名誉な事件が、今年度の(あるいはそれ以降も)MLB最大のストーリーとなってしまうのは間違いないということだ。

 本来であれば、今季は特にニューヨークの野球界にとってポジティブな意味で歴史的なシーズンとなるはずだった。
 ニューヨークには2つの豪華な新球場が誕生し、必勝態勢のヤンキースは大補強を展開。戦力アップした元王者は、レッドソックス、レイズと高レベルな優勝争いを展開するのだろう。メッツもフランシスコ・ロドリゲス、JJ・プッツという2枚クローザーを揃え、リーグ最大の注目チームの1つとなった。
 さらに第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にもデレック・ジーター、デビッド・ライトなど地元スターが数多く出場し、シーズンの前景気を煽ってくれるはずだった。

 しかしそんな豊潤の季節を前に、まさに最悪のタイミングで「A−ロッド・スキャンダル」は明るみに出てしまった。
 これで春季キャンプのみならず、WBC期間中もドミニカ共和国代表で出場するA−ロッドの存在がメディア狂想曲を呼び起こし続けるに違いない。そしてMLBシーズン開幕後も、地元ニューヨークに戻って来ればA−ロッドの周囲の喧噪はさらに大きくなるはずだ。

 一挙一動に注視が寄せられ、爆発的に打てば「検査で発覚しない薬物をまだ使用しているのでは」といじわるな声が飛び、不振に陥れば「やはりクスリがないと」と陰口を叩かれる。4月には薬物陽性反応をすっぱ抜いたセリーナ・ロバーツ氏の著書が発売になり、さらに新たな事実が発覚するのだろう。そこでA−ロッドが会見で述べた言葉の中から幾つかの嘘が明るみに出て、再び論議を呼ぶ可能性も否定できない。

 こんな状況では、記念すべき新ヤンキースタジアム・オープンのお祭りムードなど吹っ飛んでしまう。2009年は、悪い意味で「アレックス・ロドリゲスのためのシーズン」となる。どんなニュースターが頭角を現そうと、例えヤンキースかメッツが世界一に輝こうと、今季は「A−ロッド問題の年」として記憶されてしまうことはまず間違いないのだ。

 そして……このうんざりさせられるような騒ぎが、今季限りで終わる保証はどこにもない。例え一時的に報道合戦が落ち着いても、A−ロッドの通算本塁打数がバリー・ボンズやハンク・アーロンの持つMLBレコードに近づくにつれて再び論議の火種は膨らむだろう。
(写真:今後何本のホームランを打とうと、その記録が色眼鏡で見られることは避けられまい)

 本来なら、A−ロッドはボンズによって不当に破られたホームラン記録を清めてくれる存在のはずだった。しかしそのA−ロッドまでもが違反者だと分かり、MLBの最後の希望は断たれた。

「ステロイドを使ってホームランを量産したA−ロッドが、同じくステロイド使用者であるボンズが持つ記録塗り替えに挑む」
 こんな最悪のシナリオが、向こう5、6年の間に実現する可能性は非常に高い。そしてそのとき再び、ネガティブな騒ぎは始まる。

 例え上院議員を真相究明にかり出そうと、MLBが「過去の話」と強調しようと、私たちはステロイド問題から決して逃れられない。永遠に消えないキズを負ったA−ロッドは、これから先もホームランを放ち続ける。そしてその打球がフェンスを越えるたびに、彼が積み上げた数字の正当性に考えを巡らせなければならない。記録をどう処理するべきか、答えを探すのは極めて難しい。

 はっきりしているのは、「ステロイド時代」の終焉はまだまだ遠いということ。むしろ、悪夢はまだ始まったばかりと言えるのかもしれない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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