本命は米国かイタリアか。結論から言えば、どうも後者のようだな。
 サッカー界のスーパースター、デイビッド・ベッカムがメディアをにぎわしている。3月以降、プレーするのはロサンゼルス・ギャラクシーか、それともACミランか。

 周知のように、ベッカムがギャラクシーに移籍したのは07年8月。報酬は5年契約で1500万ユーロ(約23億2500万円、当時)。
 サッカーには無関心の米国メディアでも、その代表格とも言えるワシントンポストやニューヨークタイムズがベッカムの移籍に関してはフロントページで報じた。
 ベッカムは言った。
「アメリカに行くのはおカネのためではない。優秀な選手がいるからだ。
 米国では多くの子供が野球やアメリカンフットボール、バスケットボールを楽しんでいる。しかし、世界的に見れば最も人気のあるスポーツはサッカーだ。
 米国のサッカーは今後、発展の余地をたくさん残している。僕が米国に行くことでサッカーを取り巻く状況を変えたいんだ」
 何かと話題の多いビクトリア夫人も米国行きを希望した。ハリウッドのセレブたちとの交際を望んだからだとも言われている。
 一時は米国に骨を埋めるのではないかと思われたベッカムだが、メジャーリーグサッカー(MLS)のレベルは彼のフットボーラーとしてのプライドを満たせなかったようだ。

 今年1月、ベッカムはレンタル移籍でACミランに移籍した。イングランド代表に復帰するための苦肉の策だった。
 その頃、ベッカムはボビー・ムーアが持つイングランド代表キャップ数歴代2位の108に、あとひとつと迫っていた。
 代表に復帰するためには、イングランド代表監督ファビオ・カペッロにアピールしなければならない。
 果たしてベッカムは往年の輝きを取り戻すことができるのか。それを見極めたいとの思いもあったようだ。
 結論を述べれば、やはりベッカムはベッカムだった。黄金の右足は錆びついてはいなかった。
 懸念された他のスーパースターとのコンビネーションも破綻をきたすことはなかった。
 カカやアレシャンドレ・バトも、ベッカムを必要とした。ベッカムも彼らを上手に生かした。
 12日現在、6試合に出場して2得点。攻撃陣の軸としてチームを引っ張り、彼への評価は日増しに高まっている。
 今ではロナウジーニョやカカとの競演はミランの売り物のひとつだ。
 ついにクラブはギャラクシーに対し、完全移籍のオファーを出した。

 ベッカムの心中はどうか。
「ミランでプレーすることがすごく楽しい。(クラブを離れて)後悔したくない」
 英BBCのインタビューに彼はこう答えている。
「ベッカムを獲得したい」
 ACミラン監督のカルロ・アンチェロッティも本音を口にした。
「(ベッカムは)いい仕事をしている。しかもチームに溶け込んでいるようだね。代表に招集されるためには、続けてプレーしなければならない」
 カペッロもミラン残留を支持する発言を行った。
 流れは完全にミラン移籍に傾いている。
 そして2月11日、ベッカムはスペイン代表との親善試合に招集されて、試合出場を果たし、ついにムーアの記録に並んだ。
 もはやベッカムの気持ちはロサンゼルスには向いていないようだ。

 しかし――ギャラクシーとしては、そう簡単にスーパースターを放出するわけにはいかない。
「ベッカムは3月9日には必ず戻ってくる」
 クラブのティム・レイウェケ会長は自信のコメントを口にした。
 聞けば、移籍金の条件はギャラクシーとミランの間に8億もの差があるという。いくらベッカムがイタリア行きを希望しても、すんなりとはいきそうにない。
 スーパースターも、今では33歳。ワールドカップに出場できたとしても、次の南アフリカ大会が最後だろう。
 ロウソクは燃え尽きる前に、鮮やかな炎を発する。ベッカムの右足にも、そんな期待がかかる。

(この原稿は『週刊ゴラク』09年3月6日号に掲載されました)

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