ゆっくり投げているように見えるが、ボールはバッターの手元でビュッと伸びているようだ。好投手の証拠である。
 初戦の鵡川(北海道)戦で152キロをマークした花巻東(岩手)の大型サウスポー菊池雄星の評価がうなぎ上りだ。故障でもしない限り、今秋のドラフトで1位指名を受けるのは、ほぼ間違いあるまい。

 最近、甲子園で見たサウスポーで最もインパクトが強かったのは大阪桐蔭から巨人に入った辻内崇伸だ。3年夏の甲子園では156キロをマークした。金属バットでもへし折ってしまいそうな重いボールを投げていた。
 しかし辻内のフォームには、どこかぎこちなさが感じられた。腕がしならないのだ。
 それが原因かどうかはわからないが、プロ入団早々に左肩を痛め、その後も故障を繰り返している。
 今年で入団4年目。そろそろ結果を出さないと“未完の大器”のままで終わってしまいかねない。大化けすれば、すぐにでもローテーションの一角を担えそうな素材だが……。

 翻って菊池のフォームは柔らかく、投げるテンポもいい。プロのスカウトからしたら、それこそ涎の出そうな逸材だろう。
「本当にいいピッチャーというのは一球見たらわかるものだよ」
 そう切り出したのは元スワローズのスカウト部長片岡宏雄氏だ。
「菊池には一球で惚れたね。ボールに最後まで指先がかかっているから、ビュッという球がいくんだよ。だから変化球も切れる。リリースポイントも安定しているから、制球が乱れることもない。
 それにあのヒジの柔らかさ。あれは天性のものだね。バッターからすれば、ヒジが最初に出てくるのにボールがなかなか出てこないから打ちづらい。下半身に粘りが出てくれば、もっとすごいピッチャーになると思うよ」
 これは片岡氏の持論だが、バッターからすれば左ピッチャーのボールは右ピッチャーのボールよりも5キロは速く感じられるという。その伝に従えば、菊池の投じた145キロは150キロ、150キロは155キロに相当するということだろう。
 以前は上から投げていたが、スリークオーター気味に変えたことでリリースポイントが安定し、投球のテンポもよくなった。彼にはこの投げ方が合っているようだ。

 一点、気になったのは軸足に体重がしっかり乗っている時はいいが、乗り切らないときにはボールが上ずってしまう点。片岡氏も指摘したように、今やるべきことはイチにもニにも下半身の強化だろう。
 このまま順調に育てば、それこそメジャーリーガーも夢ではない。4年後、日の丸をつけてWBCのマウンドに立っている可能性もある。
 最後につけ加えれば、「雄星」という名前も劇画『巨人の星』の主人公・星飛雄馬を連想させて大物感たっぷりだ。

<この原稿は2009年4月19日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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