スペイン南部の地中海に面した街、ジョレト・デ・マールで行われた大会は、木曜日から始まった。2つのグループに分かれて、リーグ戦を行うことになっていた。
 僕たちのモンペリエ・スポーツクラブ(以下スポーツクラブ)は優勝候補ということで、他のチームからのマークが厳しかった。木曜日の第1試合は辛勝、第2試合は引き分け。
 僕はいずれも後半から中盤の左サイドに入った。

(写真:ジョレト・デ・マールは海沿いの美しい街である。フランス国境から近く、物価が安いため、フランス人やドイツ人が良く訪れている)
「僕はフォワードなんだ。できれば前で出たい」
 マニュエルは頷くのだが、会長のシャールは僕をサイドにいれた。僕の身長では、センターフォワードとしては、頼りないと思われているのを感じた。
 この時、日本代表だった柳沢敦がイタリアのメッシーナに所属していた。彼は、スピードと技術、インテリジェンスのある日本屈指のフォワードだったが、イタリアでは中盤の選手として起用されていた。彼もまた身長が177センチと大きくない。
 柳沢とは全くレベルが違うが、欧州の空の下で彼と同じ哀しみを僕は味わっていた。

 チームの調子が良く、試合に勝っていれば納得もできただろう。しかし、マニュエルを始め、フォワードの選手をはじめ多くの選手は、明らかに調子が良くなかった。
 無理もない。
 昨晩の夕方、ホテルに到着すると、皆はパスティスを飲み始めた。パスティスは、アニスからできた琥珀色のリキュールである。コリンズグラスにパスティスを入れ、水を加えると白濁する。甘く不思議な味だが、南欧の乾いた空気には良く合う。
 二百人ほどの大会参加者の中でフランス語がまともに話せないのは僕だけだった。珍しさもあり、多くの人間が僕に話しかけてきた。スペイン語や英語、ほんの少しのフランス語で会話が続いた。
(写真:パスティスを飲む、チームメイトのブシェ。彼もパリ・サンジェルマンの下部組織にいたことがあるが、この時は全くプレーする気はないようだった……)

 パスティス、そしてワインを飲み続け、ホテルを出て街外れにあるブラジル人の娼婦のいるディスコへ−−。ブラジル人女性と僕がポルトガル語で会話をした時だけは、フランス人たちは羨ましそうな顔をした。
「明日、朝10時から試合だけれど、大丈夫か?」
 マニュエルに尋ねると「大丈夫」と赤い顔で僕の肩を強く叩いた。時差ぼけもあり、僕は先に部屋へ戻ったとき、時計は四時を回っていた。多くの人間が朝まで飲んでいたようだった。
 
 とにかく、スポーツクラブの選手は酒を飲む。翌日も似たような感じだった。

 ドイツのボルシア・メルヘングランドバッハでプレーしていた、モロッコ人のドリスは婚約者と一緒に大会に来ていた。ドリスたちは、フランス人たちの喧噪と離れていた。
「実は僕はフランスはあまり好きじゃない」
 夕食の後、ドリスはぽつりと言った。
「どうしてだい? 君はモロッコ人だけれど、フランスで生まれている。フランス人みたいなものだろう」
「違うんだ。僕のアイデンティティはモロッコだ」
 ドリスの強い調子に僕は意外な感じがした。
「じゃモロッコに帰りたい?」
「たまに行くのはいいけれど、住むのならば欧州がいい。ただ、フランス人のことは好きになれない。できればオランダやドイツで生活したいよ」
 後日、チームメイトの一人が別荘でワインパーティを開いたことがあった。スポーツクラブのメンバーには、ワインの本を執筆している人間もいた。プール付きの瀟洒な家に行くと、テーブルの上にはワイングラスが並んでいた。
「ドリスは来ないの?」と尋ねると、周りは複雑な顔をした。サッカーのピッチ以外では、あまり付き合いたくないようだった。僕がドリスと一緒にモロッコ料理を食べに行ったと言うと、嫌な顔をした人間もした。
 フランスというのは、人の才能を愛する国である。ドリスは、フランスでサッカー選手としての才能は認められたが、どこか一線を引かれていると感じていたのだろう。


 大会の2日目に対戦したのは、スポーツクラブと同じように半分以上が元プロ選手の、ベシエスという街にあるチームだった。彼らは僕たちとの対戦に照準を合わせていた。
 完敗だった。緊迫した試合展開だったので、選手交代は必要最小限しか行わなかったため、僕はアップだけで試合に出ることもできなかった。そして、スポーツクラブは予選リーグで敗退が決まった。
 ドリスが「お前が出た方が良かったよ」と声を掛けてくれたのが、せめての慰めだった。
 しかし、出たとしても僕は恐らく、大して力になれなかっただろう。
 大会に来ることに決めたのは、この時期にフランス、イタリア、スペインで取材があったからである。長期にわたって日本を空けるため、出発前の一週間はほとんど身体を動かすこともできなかった。
 もともと技術があるわけではない。来年こそはきちんと動ける身体にしておこう。僕は心を決めた。
(写真:大会が終わり、モンペリエに戻ると、廣山選手の愛犬パブロが出迎えてくれた)

(Vol.5へ続く)


田崎健太(たざき・けんた)
 ノンフィクションライター。1968年3月13日京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、出版社に勤務。休職して、サンパウロを中心に南米十三ヶ国を踏破。復職後、文筆業に入り著書多数。現在、携帯サイト『二宮清純.com』にて「65億人のフットボール」を好評連載中(毎月5日更新)。最新刊は『楽天が巨人に勝つ日―スポーツビジネス下克上―』(学研新書)。




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