メジャーリーグで日本人初の開幕4番を務めたヤンキースの松井秀喜が高らかに復活を告げる開幕アーチを放った。

 2006年から左手首、右ヒザ、左ヒザと3年連続でメスを入れ、満身創痍の状態。昨季はわずか9本塁打に終わり、放出のウワサが飛び交った。それだけに本人が一番ホッとしていることだろう。
 翌日のスポーツメディアには『長嶋超え』のタイトルが躍った。日本で332本、米国で113本。開幕アーチで、これまで積み重ねてきたホームランは445本になり、長嶋茂雄氏の生涯本塁打数(444本)を超えた。
 確かに数字の上ではそうだろう。長嶋氏も愛弟子に祝福のコメントを寄せている。しかし記録で上回ったからと言って『長嶋超え』というのはいかがなものか。

 長嶋氏の功績は「記録よりも記憶にある」とよく言われる。生涯本塁打数444本は歴代13位、通算2471安打は歴代8位。記録だけならミスターよりも秀でている選手はたくさんいる。
 だが、球史においてミスター以上にインパクトを残した選手は他にいない。天覧試合でライバルの村山実(故人)から奪ったサヨナラホームランなどは、その典型だろう。

 胃潰瘍で故障者リスト入りし、開幕から8試合の欠場が決まったイチロー(マリナーズ)も大記録に王手をかけている。
 日米でこれまで積み上げてきた通算安打は3083本。あと2本で張本勲氏が持つ日本記録(3085本)に並ぶのだ。記録の更新は時間の問題だ。
 おそらくスポーツメディアは一斉に『張本超え』との見出しを掲げるはずだ。イチローの偉大さは改めて説明するまでもない。だが国籍、被爆、さらには大火傷のハンディキャップを乗り越え、前人未踏の記録を打ち立てた張本氏の功績は少しも色褪せない。

 記録とは塗り替えられるためにある。一方でせっかくの機会なのだから、先人の功績もしのびたい。

<この原稿は『週刊ダイヤモンド』09年4月25日号に掲載されたものです>

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