メジャーリーグ、ナショナル・リーグ西地区で首位を快走するドジャースの指揮官、ジョー・トーリといえばメジャーリーグを代表する名将だ。
 ヤンキース時代、4度の「世界一」と6度のリーグ制覇を成し遂げている。
 1998年から00年にかけての3連覇は今も記憶に新しい。ポストシーズンゲームでは98年=11勝2敗、99年=11勝1敗、00年=11勝5敗と圧倒的な強さを誇った。

 ピッチャーでは、デービッド・コーン、アンディ・ペティット、オーランド・ヘルナンデス、マリアノ・リベラ、ロジャー・クレメンス、野手ではポール・オニール、チャック・ノブロック、デレク・ジーター、ティノ・マルティネス、バーニー・ウィリアムス、ホルヘ・ポサーダらが素晴しい仕事をした。
 強烈な個性の持ち主たちを、ひとつに束ねたのがトーリだった。「暴君」の異名で恐れられたジョージ・スタインブレナーの下で12シーズンも指揮を執ることができたのは奇跡といっていい。

 97年にヤンキースに入団し、2度「世界一」のチームの一員となった伊良部秀輝といえば、トラブル・メーカーとして通っているが、トーリに対してだけは従順だった。
 メジャーリーグ初登板の前日、伊良部はトーリから、こう声を掛けられた。
「イラブ、キミのピッチングは今以上のものは出ないし、また、それ以上のことをやってもらおうと思っていない。今のチカラを出してくれさえすればいい」
 この一言で、気持ちがスッと楽になったと伊良部は語っていた。
 03年にヤンキースに入団し、5シーズンを一緒に過ごした松井秀喜も「大好きな監督。また世界一の監督にしたいという気持ちでやっていた」と語っていた。
 少なくともトーリを知る日本人選手で、彼のことを悪く言う選手はひとりもいない。

 そのトーリが先頃『さらばヤンキース』(青志社)という本を上梓した。スポーツライター、トム・ベルデュッチとの共著という体裁をとっている。638ページからなる分厚い本だ。
 興味深かったのは2001年9月11日、つまり東海岸同時多発テロが起きた時のヤンキースの対応だ。監督、コーチ、選手の多くが奉仕活動に参加した。トーリはニューヨーク市内の病院を慰問した。
<「そのときだよ。何のために自分たちがここにいるのか、はっきりわかった。ここにいるのは縁もゆかりもない人だけれど、みんなが悲しみに打ちひしがれ、家族同士で肩を寄せ合っている。(中略)そのうち誰かが手招きするんだ。行ってみたら、家族の写真を見せてくれてね、それがヤンキースの帽子をかぶっているんだ。ヤンキースの大ファンだというんだよ。あのときは、正直、泣きそうになった」>(前掲書)
 トーリの人となりが伝わってくるエピソードだ。この7月で69歳になるが、指揮を執る姿に衰えは見られない。

<この原稿は2009年6月7日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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