「川尻が勝っちゃうんじゃないですか。勢いがありますよね。川尻は(K−1)MAXにはいないタイプですから、魔裟斗は闘いにくいでしょ。勢いのある川尻が勝つと思うなぁ」
 驚くことに私の周囲のほとんどの人が、そんな風に話し、川尻の勝利を予想している。7月13日、日本武道館で開かれる『K−1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINAL8』でスーパーファイトとして行なわれる魔裟斗(シルバーウルフ)×川尻達也(T-BLOOD)の話だ。
 私の周囲には総合格闘技好きが多い。だが、それを差し引いても、今回の注目の一戦、魔裟斗の実力、実績が軽視され過ぎているように思う。
 昨年の大晦日、川尻は『K−1MAX』のリングで活躍してきた武田幸三(治政館)を1ラウンドKOで降した。もちろん、総合格闘技ルールではなく、キックボクシング(K−1)ルールでの試合である。総合格闘技では、その強さを存分に発揮していても、キックボクシング(K−1)には初挑戦だった川尻が、武田に圧勝したのだからインパクトは強かった。だが、川尻が「武田に圧勝したのだから、魔裟斗にも勝てる」とは私には思えない。

「一発当たればわからない」と言われる。
 その通りだ。破壊力十分の川尻のフック気味に放たれるパンチがクリーンヒットしたならば、魔裟斗は吹っ飛ぶだろう。しかし、川尻のパンチがクリーンヒットする確率は極めて低いように思える。
 魔裟斗はクレバーな男だ。そのクレバーさはキックボクシングのキャリアによって育まれたものである。そして、クレバーさを活かす動きの柔軟性、目の良さによる捌きの上手さも彼は備え持つ。

 開始のゴングが鳴るや否や、川尻は一気に距離をつめて、一発を当てようとするだろう。クリーンヒットはならずとも、先にダメージを与えるパンチを見舞えれば、試合の主導権を握れる。だが、魔裟斗が川尻の強打を喰らうことはないと見る。もっと言えば、魔裟斗に真正面から打ち合うつもりもない。6月10日、東京・赤坂サカスでの対戦発表記者会見で魔裟斗は川尻に言った。
「本当に足を止めて、打ち合ってくれるの? オレ、今ムチャクチャ強いよ」
 まるで打ち合いに挑むかのようなコメントだが、これを真に受けるわけにはいかない。魔裟斗は打ち合うと見せかけて、巧みに距離を調整し、川尻の目論みを外しにかかるだろう。これまでの戦歴を振り返れば、それは容易に予測できる。魔裟斗は、相手の良さを殺す天才であり、だからこそ、「K−1 MAX」の頂点に立てたのである。
 オレも打つ、オマエも打て、客が沸けば、それでいい――そんなレベルで闘ってきた選手ではない。パンチやキックが強いだけでは勝てないんだよ、ディフェンスも必要、そして何よりも試合を支配する力が試されるんだ――魔裟斗はキックボクシングという競技の奥深さを、川尻に味わわせるつもりでいる。
 私の予想は、「魔裟斗の判定勝ち」である。


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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜(文春文庫PLUS)』ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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