ヤンキース対マリナーズの対戦は、例年イチローと松井の対決で日本のファンからの注目を集める。しかし6月30日から行なわれた今季最初の3連戦の際には、両者の立場はあまりに違い過ぎ、並べて語られるのが憚られるほどだった。
(写真:松井にとって今季がNYで最後のシーズンになる可能性は高まっている)
 打率.372、6本塁打と例年通り、いや例年以上の成績をマークしてきたイチローに対し、松井は、打率.246、10本塁打、28打点(記録はすべて3連戦開始時)。ホームランのペースこそ悪くないが、打率と打点数にかつて確実性と勝負強さで恐れられた頃のゴジラの面影はない。

「松井ではなくホルヘ・ポサダをDHに固定するべき。その方が攻守ともにより高レベルのチームになる」
「ニューヨーク・ポスト」紙の名物記者ジョエル・シャーマンは今季中、もう何度もそう主張し続けている。実際に今の松井は守備、走塁ではまったく貢献できず、肝心の打撃でも以前のような粘り強さはない。シャーマンの言葉通り控え要員となっても、あるいは引き取り手が見つかった場合にはトレードされたとしても、チームの周囲から特に不満の声は出ないはずだ。
 そして今季限りで契約切れとなった後、「来季以降にヤンキースが松井との契約を更新することはあり得ない」というのは地元ではすでに定説になっている。

 もうここまで来たら、左の中距離打者を必要としている他チームで心機一転するほうがベターなのではと思うこともある。
 今トレード期限にでも、プレーオフ進出のチャンスがあるチームに移籍。そしてその主力選手として後半戦&プレーオフで暴れられれば、男の落とし前としては最高の形なのではないか。

 ただその一方で、守れない選手のトレードをまとめるのはどのチームにとっても極めて難しいのも事実。DH制のないナリーグは移籍先候補から消えるし、さらに今季1400万ドルという松井の高年俸を考えれば、条件の良いトレードをまとめるのはほぼ不可能と言ってよい。

 そして何より義理堅い松井は、6年以上お世話になって来たヤンキースにこだわりがあるようである。ヤンキース一筋のまま、メジャー生活をまっとうする。本人にとってはそれが本望であり、たとえ、もはや主力の立場でなかったとしてもそちらのほうを望むのかもしれない。

 それならば、やはり松井のニューヨーク生き残りは可能か、という線で考えていきたい。「今季限りで退団」が基本とされる中で、逆転でのヤンキース残留があるとすれば、それはどんな場合なのか?

「松井が評価を回復し、来季以降も残留することがあるとすれば、今季プレーオフで大爆発したときだろう。たとえばかつて「ミスター・オクトーバー」と呼ばれたレジー・ジャクソンのような形でね。それをなし得れば世論は松井に味方するだろうし、ヤンキース首脳陣も引き止めざるをえなくなるだろうな」
 1970年代からMLBを取材してきたベテラン記者、ラリー・ファイン氏はそう語る。レジー・ジャクソンといえば1977〜81年までヤンキースに在籍し、中軸を務めたスラッガーである。
(写真:勝負強いレジー・ジャクソン(44番)は未だに伝説的な存在だ)

 しかし、実はヤンキース在籍時は打率3割以上は1度、100打点以上も2度だけと、それほど図抜けた成績を残したわけではない。それでもジャクソンがヤンキースファンの間で伝説的な存在となっているのは、プレーオフで圧倒的な強さを誇り、1977〜78年に2年連続でチームをワールドシリーズ制覇に導いたからである。77年ワールドシリーズ第6戦での3打席連続ホームランは、「ミスター・オクトーバー」の呼称とともにあまりにも有名だ。
 それでは松井が来季以降もヤンキースに残るためには、秋にこのジャクソンが見せたレベルの活躍が必要だというのか……?

 松井秀喜がニューヨークに降り立って、今季がはや7年目のシーズンとなった。ここ数年の失速は残念だったが、特に入団3年目までの活躍振りは見応えがあった。3年連続100打点以上は見事な成績だし、「ここしばらくでヤンキースが得た最高の左翼手」といった評判も勝ち得た。

 日本のファンとは違い、アメリカの人々の間にはもともと「松井=ホームラン」という認識は存在しない。それゆえに、ホームランの少なさへの不満も聞いたことがない。たとえ派手な一発はなくとも、好機で確実に仕事をしてくれた松井は、立派な「ニューヨークの成功者」として認められていたと断言できる。
(写真:見る目の厳しい街でこれまで確実に好打者としての立場を確立してきた)

 そしてその松井にとって、今季後半戦は正念場の戦いになる。体調への不安は消えないため、大爆発は期待しづらいのが現実。ヤンキース残留に向けてファイン氏が語ったようにヒーロー級の活躍ができれば越したことはないのだが、しかし下半身(膝)が痛んでいる選手にそれを望むのはあまりにも酷だろう。

 ただ依然として安定感に欠けるヤンキースには、今後、レッドソックス、レイズらとの激しいプレーオフ座席争いが待ち受けているはず。厳しい戦いが続く渦中で、大舞台での実績がないアレックス・ロドリゲス、マーク・テシェイラらが苦しむシーンが見られるかもしれない。そんな中で松井がかつてのような勝負強さを発揮し、ついに迎える肝心のポストシーズンでこれまで以上に印象的な活躍ができれば……。

 もともと好機での仕事ぶりでニューヨークでの立場を築いたのだから、今後だってジャクソンのように本塁打を連発できなくてもよい。イチローのようにヒットを積み重ねることまではできなくとも、別の形で貢献することはできる。
(写真:イチローの真似はできないまでも、ファンを満足させることは可能なはずだ)

 ヤンキース入団当初に何度も繰り返し、地元の人々を感心させたことを再びやり遂げれば、評価は取り戻せるのだ。
 交流戦の間は先発出場ができず、それによってエネルギーを蓄積できた。そして、松井にとって最後の戦いが始まった。残り3カ月の間に立つ打席は、選手生命をかけた大事な打席である。



杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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