毎年この時期になるとロードレースの最高峰「ツール・ド・フランス」関連のコラムを書くのが恒例になっている。もちろん今年も書かせてもらうが、今回は昨年までと状況が違う。そう、日本人が2人も出場するという史上初の快挙に、ファンもメディアも盛り上がっているからだ。
(写真:スタート前の別府選手(左)と新城選手 (C)Yuzuru SUNADA)
 100年を超える「ツール・ド・フランス」の歴史の中で、これまで日本人が出場したのは2名だけ。1926年と1927年には「キッソ・カワムロ」というパリ在住の日本人が出場した記録が残っている。どちらの年も最初のステージでリタイアしたとなっているが、彼の詳細については分からないことが多く、本当に日本国籍を持っていたのかも定かではない。

 そして2人目は1996年の今中大介氏。日本のトップ選手であった今中氏は、イタリアのチーム「ポルティ」に所属し、この年、念願のツール出場を果たしている。残念ながら第14ステージでリタイアを余儀なくされたが、近代ツールにおいて初めてスタートラインに立った日本人として日本自転車界、いやスポーツ界に足跡を残した。

 そして、今年は新城幸也、別府史之という2名の選手がスタートラインに。
 競輪など自転車でも短距離種目なら日本は世界に通じるのだが、ロードレースのような長距離種目においては、世界との差が大きいことを認めざるをえない。オリンピックや世界選手権では、いつも絶望的な実力差を見せつけられてきた。そのロード種目で世界最高峰の舞台に日本人が出場できる。この事実だけでも驚きなのに、一気に2人とは大変な事態なのである。

 確かにその予兆はあった。
 別府はジュニア時代からフランスを舞台に活躍し、その後、プロチーム入り。世界に通じる選手として期待を集めていた。新城も競技歴は浅いものの、その走力は高く評価されていた。が、どちらも昨年はチームの関係もあり、少々くすぶっていた。「彼らならいつかは」という希望はあったものの、昨年の今頃、この状況を予想できた人は少なかったのではないか。

 驚きは6月にやってきた。
 6月15日にブイグテレコムが新城のツールメンバー入りを発表。朗報に沸きかえった日本自転車界は、6月29日にスキルシマノの「別府、メンバー入り発表」の知らせを聞くことになる。

 確かに5月中旬の時点で2名ともに1次選考に残っていたので出場の可能性はあった。だが、まさか2人ともに入るとは……。それからの国内メディアは大騒ぎ、新城のもとにはすぐに20社を超える取材申し込みが殺到し、ブログのアクセス数が20倍にもなった。本人はフランスで合宿中だったので、そのヒートUPぶりはブログアクセスで感じたという。もちろん今年のスタート地点のモナコには、このところ減りつつあった日本人メディアが多数かけつけたのは言うまでもない。

 出場に興奮するメディアの一方で、本人たちは冷静だった。
 コメントも、「プロロードレーサーとして出場できることを喜ぶというより、どんな走りができるかが大切」という感じ。彼らは突然この世界に来たわけでなく、この世界で走ってきた延長線上にツールがあるということなのだろう。舞い上がっている我々にそんな思いを伝えてくれるコメントであった。

 そして、ツール開幕。第2ステージで新城がいきなりの5位。
 それも大集団スプリントの中で見事に立ちまわっての順位。あの集団の中で日本人が戦えるという常識を持っていなかった我々を驚かせてくれた。するとその翌日、別府が8位。新城の活躍に刺激されたわけではないと思うが、難しい風のあるステージをうまく立ち回って、素晴らしい走りを見せた。

 日本人があの舞台でしっかりと活躍する姿を目の当たりにして、この2日間で我々の常識は変わったと言っていい。開幕時に、「どこまで走れるだろうか?」「完走できるか?」なんて話をしていたのに、いつのまにか「次はいつ入賞するだろう?」という内容に変わっている。あの場所で走っていることだけでも凄いのに、今では好成績を期待している我々がいる。彼らはすでに日本の自転車界を変えてしまったのだ。

 2人は今日(15日)現在、きっちりとチームの仕事やオーダーをこなしながら、無理なく走っている。カメラ越しに見ても、インタビューを聞いてもその表情やコメントにはまだまだ余裕がある。「まだ走り続けられる」なんていう感じではなく、「次は何をやってくれるのか」という期待が膨らむ。間違いなく、彼らは近い将来大きなことをやってくれるだろう。そう、それは今年かもしれない。

 ツールはあと10日間。
 きっとこれからも、彼らは我々の常識を打ち崩していってくれるだろう。
 この7月はフランスから目がはなせない。

※ツール・ド・フランスはJSPORTSで連日Live中継! 白戸さんも番組のナビゲートを行っています。

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。
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