人気ボクサー、アーツロ・ガッティの悲劇的な死亡事件にボクシング界が揺れた直後の7月13日、新たな希望を与える記者会見がニューヨークで行なわれた。
 この日、聖地マディソン・スクウェア・ガーデンの壇上にスーパーミドル級の王者、コンテンダーたちが終結。世界中から集まった6人のスターボクサーが、今秋よりトーナメント戦で頂点を争うことが発表された。ボクシング界では初めての試みと言える真の王者決定戦、「スーパー・シックス 〜ワールド・ボクシング・クラシック〜」がこれから開催されることになったのである。
(写真:豪華メンバーが参加して盛大な記者会見が行なわれた)
 参加するのは文句なしの強豪ばかり。WBAスーパーミドル級王者のミケル・ケスラー(デンマーク)、WBC同級王者のカール・フロッチ(イギリス)、IBFミドル級王者のアーサー・エイブラハム(アルメニア)、元統一ミドル級王者のジャーメイン・テイラー(アメリカ)、アテネ五輪ライトヘビー級金メダリストのアンドレ・ウォード(アメリカ)、同五輪ミドル級銅メダリストのアンドレ・ディレル(アメリカ)。

 プロ通算成績を合計すると161勝(117KO)4敗1分という6人が、今年の10〜11月から、それぞれ別の相手に対し、3試合ずつのグループ予選を行なう。勝者には2ポイント(KO/TKO勝ちには1ポイント追加)、引き分けの場合には1ポイントが与えられる。
 獲得ポイント上位の4人が準決勝に進み、さらにその勝者が2011年春に決勝戦を行なう。今から1年半後には、群雄割拠のスーパーミドル級内でも誰もが認める最強の男が決まるという手はずになっている。
(写真:デンマークの強豪ミケル・ケスラーを優勝候補筆頭に挙げる声も多い)

 近年、世界王座認定団体増加のおかげで、ボクシングは間違いなく以前より退屈なスポーツになっていた。チャンピオンを名乗るボクサーの絶対数が増えたため、無意味な指名試合も増え、逆に強豪対決は減少。実際に誰が一番強いのか分からないという悪循環に、拍車がかかるばかりだった。

「WBC、WBA、IBF、WBO? 暫定王者に休養王者にスーパー王者だって? いまじゃボクサーの数より多くチャンピオンが存在するんだな」
 往年の名王者カルロス・オルティス氏がそんな冗談を飛ばしていたことがあったが、もはや決して笑い飛ばせないジョークである。そしてそんな不合理こそが、カジュアルなファンがボクシングから離れていった最大の理由とされた。

 そんなときに、この「ワールド・ボクシング・クラシック」挙行のニュースが届いた。これは実に画期的で、それでいてシンプルなトーナメントである。
 日本の甲子園大会や米大学バスケの「ファイナルフォー」が熱狂的な関心を集めるのは、「負けたら終わり」の緊張感が常に漂っているから。そのシンプルさを取り入れたのに加え、「ワールド・ボクシング・クラシック」の場合はまずグループリーグを行なうことで組み合わせの不公平を解消する配慮もなされた。

 国籍、プロモーターの違いを乗り越えて、6人のボクサーたちに参加を同意させた米テレビ局「ショータイム(SHO)」に拍手を送りたい。それぞれピンで興行が打てるスター性を持ちながら、リスクの大きいトーナメント参加を決めた選手たちの英断にも感謝したい(もちろん最少でも3試合はビッグファイトに出場できるため報酬面の見返りは約束されているのだが)。

 普段は皮肉屋の米マスコミも、ほとんど満場一致でこの革命的なイベント開催を歓迎している。少なくとも今のところは、業界の誰もが「ワールド・ボクシング・クラシック」の成功を願い、協力の姿勢をみせているのである。

 ただ、ほとんど初めての試みだけに、運営面で不安も残る。本当にトーナメントを最後まで遂行できるのか懐疑論もあり、正直言って筆者も途中頓挫してもまったく不思議はないと思っている。
(写真:アメリカ勢の奮闘もトーナメント盛り上がりに欠かせない要素だ)

 ボクシングの世界ではケガによる試合延期やキャンセルなど日常茶飯時。それこそがこのスポーツでトーナメント戦が開催しづらい理由である。
 今回の「ワールド・ボクシング・クラシック」では故障者が出た場合には、代役選手(IBF王者のルシアン・ビュテ、同ランキング1位のリカルド・アンドラーデが候補)が起用されるという。しかし大会開始直後なら良いが、佳境に差し掛かった頃、勝ち抜いた者の中から重傷者が出たらどうするのか? 準決勝で勝った者がケガで続行できなくなったら、代役選手がファイナルを戦うのか?

 また、試合延期が相次いで、トーナメント開催期間が伸びてしまうことも十分に考えられる。新陳代謝の早い米スポーツではすぐにニュースターが現れるだろうし、のんびりと行なわれているトーナメントを尻目に、新たな選手が関係ないところで快進撃を続け、「真の王者を生む」という大会の名目が偽りになってしまう可能性も残る。

 また日本のK-1のように優勝賞金が決まっているわけではなく、ファイトマネーや試合開催地を1試合ごとに交渉せねばならない。それぞれのプロモーターは利益を主張するだろうし、ビジネス的な理由で途中辞退する者が出てきても特に驚くべきことではない。

 ただそれでも、「ワールド・ボクシング・クラシック」が興味深いイベントであることに変わりはない。懐疑論者たちも心の底では懸念が取り越し苦労に終われば良いと思っているし、当然筆者も同じだ。
 大会がうまくいけば、「強さの序列の分かり難さ」というボクシングにとって致命的と思える欠点が解消される。人気低下に悩むこの業界にとって、それは起死回生の変化に違いないのだ。

「1度で終わらせるつもりはない。スーパーミドル級と同じくらいタレント豊富な階級が見つかれば、違うウェイトで再び行なうことももちろん考える」
 イベント仕掛人の1人である「SHO」の重役ケン・ハーシュマン氏はそう語り、早くも「ワールド・ボクシング・クラシック」の今後の発展にも意欲を燃やす。意気込み通りに展開していけば、例えば軽量級トーナメントで日本の選手たちが招待される可能性も出てくる。そのときに、ボクシングは真の意味で「世界最強ボクサー」を決めるスポーツとなるのだろう。
(写真:ミドル級では無敗のまま階級を上げてきたエイブラハム(右)にも注目が集まる)

……もちろん、まだ将来を語るには早過ぎる。まず第1回の「ワールド・ボクシング・クラシック」を見てみよう。すべてはそこからだ。現時点で言えるのは、未来への可能性を感じさせるイベントの成功を、ボクシングを愛する誰もが願っているということだけである。

<出場選手>
 アーサー・エイブラハム(アルメニア/30戦全勝(24KO))
 カール・フロッチ(イギリス/25戦全勝(20KO))
 ミケル・ケスラー(デンマーク/41勝(31KO)1敗)
 ジャーメイン・テイラー(アメリカ/28勝(17KO)3敗1分)
 アンドレ・ディレル(アメリカ/18戦全勝(13KO))
 アンドレ・ウォード(アメリカ/19戦全勝(12KO))


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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