1971年10月31日、東京・日大講堂。輪島にとっては一世一代の大勝負の舞台だ。
 立ち上がり、ボッシはテクニシャンらしく、距離をとって慎重に輪島を攻めた。リーチの差はいかんともしがたかった。

 迎えた5ラウンド。ついに輪島は勝負に出た。深く沈み込んだ姿勢から、伸び上がるようにしてチャンピオンにブローを叩きつけたのだ。これが秘密兵器の“カエル跳び”だった。

 輪島の回想。「これがまんまとうまくいったんだ。相手は顔を真っ赤にして怒ったね。そんな攻撃、見たこともないからプライドを傷つけられてしまったんだよ」

 明らかに流れが変わった。冷静だったボッシは自分を見失いかけていた。再び輪島の回想。「打ち合ってくれれば、もうこっちのもの。さすがにオリンピックのメダリストだけあって、ボッシはうまくて強かった。だけど、カエル跳びに対する免疫はなかったね」

 判定は青コーナーの輪島。日本人初の重量級王者が誕生した瞬間だった。

「勝ってからあらためてオレは思ったよ。必死になって知恵をしぼれば不可能なことも可能になるんだなって……」
 炎の男の伝説は、ここから始まったのである。

※このコーナーでは各スポーツの栄光の裏にどんな綿密な計画、作戦があったのかを二宮清純が迫ります。全編書き下ろしで毎週金曜日にお届けします。



※二宮清純が出演するニッポン放送「アコムスポーツスピリッツ」(月曜19:00〜19:30)好評放送中!



◎バックナンバーはこちらから