7月、伊予銀行男子テニス部では昨年に続いて伊達公子選手との合同合宿が5日間にわたって行なわれた。周知の通り、昨年12年ぶりに現役復帰した伊達選手は今年、活躍の場を世界に移している。その代表が6月のウィンブルドン。日本人初のワイルドカードで出場した彼女はWTA世界ランキング9位のキャロリーン・ウォズニアキ(デンマーク)と対戦。いきなり第1セットを奪い、周囲を驚かせた。結果的に試合途中、両足痙攣というアクシデントに見舞われ、試合には惜しくも敗れたものの、世界のテニスファンに熟練された技を遺憾なく披露した。そんな伊達選手と共に汗を流した選手たちは、何を感じ、どのようなことを吸収したのか、秀島達哉監督に訊いた。

(写真:伊達選手と有意義な時間を過ごした男子テニス部)
 昨年、初めて行なわれた合同合宿。伊達選手はそこで伊予銀行テニス部とトレーニングをすることに大きな意義を感じたのだろう。今回の合宿は8月の全米オープンに向けての調整として、彼女から要望があったという。
「プロとは違い、仕事をやりながら頑張っている姿には私自身、感銘を受けているし、刺激にもなっています。そして、20代の男子はやはり女子よりもパワーもスピードもある。だからこそ、世界を相手にするためにもすごくいいトレーニングになるんです」と伊達選手。彼女によれば、サーブやショットの威力やスピードは女子の世界トップ選手と比べても、伊予銀行テニス部は上をいくという。つまり、伊予銀行テニス部と互角に渡り合えば、それだけ世界トップレベルに近づいていることになるのだ。

 伊予銀行の選手にとっても伊達選手との交流は願ってもないことだ。世界ランキング4位にまで上りつめた彼女から技術面ではもちろん、テニスへの取り組む姿勢などあらゆることを学ぶことができるからだ。実際、伊達選手から海外ならではの文化の違いや、サーフェスごとの戦術の組み立て方、さらにはテニスプレーヤーなら誰もが憧れるウィンブルドンのセンターコートの雰囲気など、普段の会話から貴重な情報を得ることができたようだ。

 もちろん、伊達選手自身からもアスリートとしてのあるべき姿を学び、選手たちは大いに刺激を受けた。
「世界を相手にするためには、これだけのことをやらなければいけないんだということをまざまざと見せられました。練習に取り組む姿勢ももちろんストイックでしたし、何より彼女は常に世界を見ている。私たちには見るもの、聞くこと、全てが勉強になることばかりでした」と秀島監督。予想以上の収穫に指揮官としても喜びはひとしおだったようだ。

 今回の合宿では、伊達選手の育ての親でもある小浦武史氏とナショナルチームのトレーナーの下、フィジカル強化を中心としたトレーニングが行なわれた。特に重点とされたのが体のバランス。つまり体幹である。実は小柄な伊達選手が世界のトッププレーヤーに上りつめることができたのも、この体幹によるものが大きいと秀島監督は分析する。
「伊達選手はボールを打つときに左右のブレが全くないんです。たとえ不利な体勢になったとしても体の軸はブレていない。だからこそ、彼女の代名詞でもある“ライジングショット”を一定に打つことができるんです」

(写真:体幹の強さがわかる伊達選手の走り)
 伊達選手のプレーを見てみると、一見、何でもないようなショットに見える。パワーテニスが主流である現在のテニス界では、なおさら彼女のプレーには迫力や凄味が感じられない。しかし、それこそが伊達選手のすごさなのだ。軸をぶらさず、腰の回転によってボールに力をスムーズに伝えているため、無駄な動きが一切ない。だからこそ、伊達選手のプレーはシンプルなのだ。

 彼女の体幹の強さは何気ないフィジカルトレーニングの際にも垣間見えることができた。例えば短距離をダッシュをした時のフォームがそうだ。真正面から見ていると、上体がほとんど左右にブレず、まるで短距離ランナーのごとく1本の軸の上で走っている。実に見事なフォームだ。
 一方、伊予銀行の選手も小浦氏やトレーナーからの細やかな指導の下、トレーニングを続けた。合宿最終日には「バランスよく走れるようになったな」と小浦氏から言われる程、選手たちの体幹は確実に鍛え上げられていた。

 トッププレーヤーの条件

 では、この合宿によって選手たちは他にどんなことを習得したのだろうか。今後の課題も含めて、秀島監督に各選手について訊いた。
 まず、フィジカル的に大きな進歩を見せたのが萩森友寛選手だ。昨年の合宿では、他の選手と圧倒的な差があった萩森選手だが、今年はその差がグンと縮まっていた。
「春から走り込んできましたからね。その成果が表れてきています。特に萩森は走ると必ずといっていいほど、チーム最下位だったのに、今年の合宿では他の選手に喰らいついていましたからね。実際、試合でもコートカバー力がアップしましたよ。これまでは疲労で一歩が出なくなったりしていたのですが、その一歩が出るようになりましたからね」

 これは萩森選手の今後を考えれば、非常に大きなことといえる。というのも、萩森選手はベースラインでラリー戦をするよりも、早い段階でネットに詰め、相手にプレッシャーを与えるプレーを得意としている。そのため、ベースラインで粘ってボールに喰らいつくことが大前提となる。それがなければ、ネットプレーの段階までもっていくことは不可能だからだ。
「さらにフットワークに磨きをかければ、萩森はこの1、2年でグンと伸びると思いますよ」と秀島監督。萩森選手への期待は膨らむ一方だ。

 その萩森選手と8月、愛媛県代表として国民体育大会四国予選に出場するのが、今やチーム一の成長を見せている植木竜太郎選手だ。合宿の最後には、昨年に続いて伊達選手と練習試合を行なった植木選手。世界の舞台で活躍する伊達選手と互角に渡り合うその姿からは、技術的にも精神的にもレベルアップしていることが鮮明に映し出されていた。
(写真:2年ぶりにペアとして国体出場を目指す植木選手<左>と萩森選手)

 成長著しい植木選手だが、課題は劣勢時の対応。どういう対処方法があるのか、現在はその具体策を小浦先生や秀島監督からのアドバイスの下、模索している。特に苦手としているのがスライスへの対応だ。実は、速いボールよりも緩いボールの方が対応は難しい。今回の合宿は初日に右のふくらはぎを痛め、完全燃焼できなかった小川冬樹選手の課題も同じだと秀島監督は言う。

 植木選手も小川選手もゆくゆくは世界ランキング(ATP)をとってほしいというのが指揮官の願いでもある。特に植木選手に関しては、技術面も体力面も申し分ない。あとは戦術面。引き出しを増やして、対応力を養う必要がある。

 では、萩森選手と出場する国体予選への仕上がり具合いはどうなのか。正直なところ、まだまだの段階だという。特にダブルスに関しては、“息の合う”ところまではいっていない。だが、ともに学生時代からダブルスに定評がある2人。今後、実戦を通して徐々に仕上げていく予定だ。

(写真:一人ひとりの成長がチーム力の源)
 秀島監督が最も気になっているのが、なかなか調子の上がってこないキャプテンの日下部聡選手だ。入行当初のような積極性を取り戻すべく、合宿中も機敏な動きを見せていたが、果たして監督の目にはどう映っていたのか。
「確かに練習では持ち前のスピードも戻ってきたし、よくなってきています。ただ、それが実戦では発揮できていない。まだ迷いがあるのか、日下部本来の力を出せていないように見えるんです。何かひとつ、きっかけがあれば、ポンと抜け出せるんでしょうけどね……」

 心配する指揮官の視線の先には、既に日本リーグがある。若手が伸びていることは喜ばしいことだが、チーム力を考えれば、やはりキャプテンの存在は欠かせない。「日下部の復調なくしてチームの成長はない」と断言する秀島監督。果たして日本リーグまでの4カ月で、チームはどう変わるのか。合宿の成果が表れるのはこれからだ。


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