2001年暮れ、ソルトレイクでのワールドカップ。大菅小百合が日本人として初めて38秒の壁を破ったレースを岡崎はスタンドから見ていた。

 世代交代――。紙面にはそんな見出しが躍った。「でも私はワールドカップを観戦に行ったわけではないんです」。激しい言葉を投げかけることで、敢えて自らをムチ打った。

 長野五輪の500メートルで銅メダルを獲得した。2大会連続でメダルを獲得するためには、何が必要か。岡崎が導き出した結論はスタートに賭けることだった。

 彼女は言った。「スタートはぎりぎりを狙うしかない。あとはそれを(審判が)見逃すか見逃さないか。(ピストルの音が)鳴ってからじゃ遅いんです。鳴る前に出ないと。もう時計は回っているんですから」

 2日続けてのフライング。しかし、これも彼女にしてみれば想定の範囲内だった。それによってスタートが慎重になり、出遅れたことはない。そんなヤワな練習をした覚えもない。

 ところが、まさか頼みの軸足が「抜けて」しまうとは……。それがこのオリンピックで犯した、たったひとつのミスだった。

 だが、彼女の表情に後悔の色はなかった。

「ミス? いや、私はそういうぎりぎりの勝負をしてきたんです」

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