魔法の水着は姿を消し、記録だけが残るのか――。今夏、イタリア・ローマで行なわれた水泳世界選手権の競泳で数多くの世界新記録が生まれた。その数は43。新記録が更新されなかった種目はわずか9つのみ。永遠の都では連日、超高速レースが催されたのだ。


 この記録ラッシュの数字は前代未聞だ。参考までに直近の世界大会で記録された世界記録の数を振り返ってみよう。04年アテネ五輪では6、05年モントリオール世界選手権では9、07年メルボルン世界選手権が14の記録更新。そして、世間から大きな注目を集めたスピード社製の『レーザー・レーサー』が席巻した08年北京五輪ですら25だった。今回の43という数字がいかに跳びぬけたものかがよくわかる。

 記録ラッシュの主な要因はラバー素材での水着の効果だった。伊アリーナ社製やジャケド社やの水着が快記録を連発した。

 もっとも衝撃的な結果だったのは男子400m自由形だ。この種目で金メダルを獲得し、世界記録を更新したのはポール・ビーデルマン(ドイツ)。彼は昨年の北京五輪では18位に終わった選手、つまり決勝にも残れなかったスイマーだ。その彼が伊アリーナ社のフルボディーのラバー製水着を着用しワールドレコードホルダーとなったのだ。「水着がすごく助けてくれた」と優勝後に効果を認めたビーデルマン。昨夏までの成績を考えれば、その効能に触れないわけにもいかないだろう。

 この欧州製のラバー水着を支えているのは、メイドインジャパンの技術だ。山本化学工業が開発した『バイオラバースイム』が各社の水着に採用されている。

 レーザー・レーサーに変わる“魔法の水着”に対し、国際水泳連盟(FINA)は、世界水泳選手権の大会期間中に、来年からラバー素材を用いた水着を全面禁止にするという新規定を発表した。従来の水着よりも性能が飛躍的に向上し、今までの常識以上に記録が伸びすぎたためだ。

 確かに規制は必要だろう。しかし、角を矯めて牛を殺すようなことはあってはならない。というのも、歴史上、人類が手に入れた最先端の化学技術を手離したためしはないからだ。例えば、米国におけるモータリゼーションが始まったのは20世紀初頭である。これにより市民生活の向上や産業振興がはかられたが当初から将来の環境汚染や、交通事故の多発を懸念する声が相次いだ。しかし、だからといって自動車の便利を手にいれてしまった人類は、2度と馬車の時代には戻れない。

 スポーツ科学にも同じことが言える。現在のスポーツと科学技術の結びつきは強固なものとなっており、特に競泳用水着は進化を繰り返してより高いレベルへと選手を導いてきた。その中で今年脚光を浴びたのがラバー素材の水着だった。来年からラバー水着は全面禁止となるが、技術者たちは親水性のある繊維素材を開発し、更なる進化を目指している。現在、素材開発を牽引する山本化学工業も、新しいルールに適合した織物のみを使用した2010年用高速水着新素材『バイオラバースイム‐TX』を開発し、来るべき新規定の水泳競技に備えている。

 『バイオラバー』は競泳の記録を縮める効果だけでなく、優れた保温効果や運動を補助する役割で多方面への利用が期待されている。競泳水着として選手のポテンシャルを引き出すためにつくられた素材は、子供たちが溺れない安全な水着の開発やプールで歩行リハビリに励む方への水着への利用、さらには保温性に優れた住宅素材として私たちの生活を影から支えるものに転用されている。

 つまり、スポーツ科学の発展は私たちの生活にも恩恵を与えるのだ。

 選手だけが世界を舞台に戦っているのではない。あくなき技術追求でスポーツを支える姿、これもスポーツ振興の形だ。素材メーカーも、世界のトップを目指し、日々奮闘を続けている。

 山本化学工業株式会社