リーグ3連覇を達成した巨人の“新・若大将”といえば、入団3年目、21歳の坂本勇人だ。昨季、ショートのレギュラーとしてフル出場を果たすと、今季は5月からリードオフマンに定着、打率3割1分4厘、18本塁打、60打点をマークし、リーグ優勝に貢献した(9月24日現在)。

 坂本のバッティングを見ていて感心するのはインコースの捌き方だ。腕をたたんでコンパクトにバットを振り抜く。いつ、こんな熟達の技術を身につけたのか。
 右打者にとって例外なくインコースは最大の泣き所である。ここを徹底して攻められると、大抵の打者はおかしくなる。死球の恐怖が腰を引かせ、外のボールがより遠くに見えてしまうのだ。こうなれば投手はシメたものだ。
 ところが坂本はインコースの難しいボールをいとも簡単に打ち返す。むしろ、そこを得意にしているようにすら映る。
 どこに理由があるのか。実は坂本は左利きの右打者なのだ。右利きの左打者は掃いて捨てるほどいるが、逆は稀だ。
 左利きゆえ、インコースの難しいボールを前で捌くことができる。内角低目のボールに対しては左手一本で器用にすくい上げている。他の右打者には見られない玄人受けする技術だ。

 では、なぜ左投げ左打ちから、わざわざ右投げ右打ちに転向したのか。
 以前、彼はこう語った。
「小さい頃は左用のグラブで野球をやっていたんですけど、やがてそれが入らなくなった。それで右利きのアニキのグラブを借りて遊んでいるうちに、いつの間にか左手でボールを捕り、右手で投げるようになっていた。気がつくと右投げ右打ちになっていたんです」
 これが坂本には吉と出た。もし左利きのままなら一塁手以外の内野手は務まらず、仮に外野手としてプロになっていたとしても、左投手が出てくると交代させられていた可能性が高い。
 人間万事塞翁が馬である。

 坂本の活躍を見ていて思うのはエリート教育の落とし穴である。
 イチロー(マリナーズ)や松井秀喜(ヤンキース)などの活躍の影響もあり、近年は“右投げ左打ち”の選手がやたらと増えている。子供の頃に右打ちを左打ちに変えてしまうのだ。
 ホームベースから一塁ベースまでの距離は27・43メートル。右打者に比べると左打者は一塁に早く駆け込むことができる。加えて投手の大半は右だから、左打者からはボールの出所が把握しやすい。“野球パパ”や少年野球の指導者が右利きの子供を左打者にかえたがるのは、そうした理由に依る。
 理屈的には全く正しい。しかし、正しい指導が子供たちの将来にプラスになるとは限らない。
 というのも昨今の少年野球の現場は“猫も杓子も右投げ左打ち”といった状況を呈しており、そこに独自性や斬新性は見られない。
 左打者が増えれば、必然的に左封じ対策として左投手の需要は増す。そうなると今度は右打者の出番だ。
 傾向として日本人は成功例を目にすると、すぐに“右に倣え”したがる。しかし今日の成功が明日の成功を意味するとは限らない。むしろ逆のことの方が多い。昔の人はいいことを言っている。「柳の下に何時もどじょうは居らぬ」と。

<この原稿は2009年12月号『フィナンシャルジャパン』に掲載されたものです>

◎バックナンバーはこちらから