全米を震撼させる松井秀喜の超絶パフォーマンスだった。
 すべての野球人にとって夢の舞台であるワールドシリーズの第6戦で、4打数3安打、1本塁打。そしてシリーズタイ記録となる6打点。何より、この大活躍でヤンキースを27度目の世界一に導いたのだ。
「最高ですね。この日のために1年間も頑張ってきたわけですから。何年もニューヨークにいましたけど、初めてここ(世界一)まで来れて最高です」
 日本人選手としてはもちろん初めてとなるワールドシリーズMVPを獲得しても、松井の言葉はいつも通りシンプルだった。だが今回ばかりはそうであるがゆえに、より実感がこもって聞こえたのも事実である。
(写真:松井秀喜の猛打に導かれての戴冠にニューヨーカーは歓喜した)
 渡米以来7年。スーパースターばかりのチームで過ごしながら、なかなか頂点には立てなかった。ジェイソン・ジアンビ、ランディ・ジョンソン、マイク・ムシーナらと同じ「勝てない高給取り」のカテゴリーの中に、松井の名前も含まれるようになってしまった。しかし、そんな日々もこれで終わる。
 ワールドシリーズで大活躍したヤンキースの選手は、街では永遠に崇められ、いつしか伝説へと昇華していく。2009年11月4日は、松井がその地位にたどり着いた記念すべき1日だったのだ。

 そして契約最終年の最後のゲームで残した強烈なインパクトは、松井自身の来季以降を考えても重要な意味を持つと言ってよい。「高齢」「故障持ち」「守れない」といったマイナス要素は未だに多いとはいえ、ワールドシリーズMVPに輝いた選手の放出は誰にとっても難しい決断となることだろう。

 今年7月、筆者はこのページで「ヤンキースに残留するためにはポストシーズンで大活躍をする必要がある」といった趣旨のコラムを書いた。
「厳しい戦いが続く渦中で、大舞台での実績がないアレックス・ロドリゲス、マーク・テシェイラらが苦しむシーンが見られるかもしれない。そんな中で松井がかつてのような勝負強さを発揮し、ついに迎える肝心のポストシーズンでこれまで以上に印象的な活躍ができれば……」(>>第141回「松井秀喜、選手生命をかけた戦いへ」より)

 実際にその通りにしてしまったのだから、松井には恐れ入るばかりである。ワールドシリーズの期間中、レギュラーシーズンではチームMVP的な働きを見せたテシェイラは不振に苦しんだ(22打数3安打、打率.136)。今プレーオフではここまで鬼神の働きをしていたロドリゲスにしても、絶好調とは言えなかった(20打数5安打、打率.250)。そんな中で松井秀喜がチーム1の8打点。打率、長打率ともにチーム内で断然トップ。DH制のない第3〜5戦に出場しなかったにも関わらず、これほどまでの数字を叩きだしたのだ。
(写真:多くの伝説を生み出してきたヤンキースの歴史に、ワールドシリーズ第6戦での松井の活躍も刻まれていくに違いない)

「マッティ(松井の愛称)は出逢ったときからずっと勝負強い選手であり続けてきた。とにかく勝負強いんだ」
 シリーズ終了後、ジョー・ジラルディ監督もそう語って松井を絶賛。勝負強さをアピールするに、ワールドシリーズ以上の舞台はなかった。そしてチームに必要な人材だと印象づけるのに、1年で最後のゲーム以上に適したタイミングはなかった。

 それでも優勝決定直後、ブライアン・キャッシュマンGMは松井残留を明言してなかった。それどころか、「彼は日本で最後のシーズンに優勝した。今回も我々とともに頂点に立てて本当に良かった」などと退団を臭わせるコメントすらも発表されている。

 実は筆者も、このワールドシリーズを迎えるまで松井が来季以降もヤンキースのユニフォームを着る可能性はほとんどゼロだと思っていた。地区シリーズ、リーグ優勝決定シリーズを通じて、ゴジラのインパクトは薄かった。DHから大きな貢献がなくともチームは快調に勝ち続け、その事実は松井にとってマイナスに働くと思えたのだ。

 そして悲願の世界一に就いた後でも、これを花道に引導を渡されても決して驚くべきではないとも考えている。去就に関しては松井だけの問題ではない。チーム全体の構想が関わってくるだろうだけに、予断を許さない。特に捕手としての能力が著しく低下し、それでいてあと2年も契約を残すホルヘ・ポサダの存在が、松井残留にとって大きな障害となるという線は消し切れない。

 ただ、それでもワールドシリーズでの松井の大活躍が、ヤンキース首脳陣の決断を難しくさせることは間違いないだろう。久々の歓喜に酔ったニューヨークの人々が、「ゴジラ帰還」にラブコールを送ることも確実。そして、たとえどこのチームでプレーする結果 になろうと、金銭的に恩恵を受けるだろうことも明白だ。
(写真:ヤンキースタジアムのファンも松井の帰還にラブコールを送るのだろうか)

 多くのニューヨーカーがいつまで忘れないであろう第6戦での6打点は、ヤンキースの戴冠を大いに助ける価値あるパフォーマンスだった。そしてそれは、松井秀喜の未来をも変えかねない起死回生の猛打だったのだ。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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