11月14日にラスベガスで行なわれた注目のWBO世界ウェルター級タイトル戦で、フィリピンの怪物マニー・パッキャオがプエルトリコの英雄ミゲール・コットに12ラウンドKO勝利。フィニッシュこそ最終回だったが、だからといってそれまで勝者の読めない接戦だったわけではない。
 序盤こそコットも互角に戦ったものの、2度のダウンも奪ったパッキャオが中盤以降は完全にペースを掌握。骨格でひと回り上回る相手に文字通りの圧勝で、アジアの怪物はこれで通算5階級目を制覇したことになる(事実上の7階級制覇)。
(写真:話題を呼んだコットとの対戦もパッキャオ(右)の圧勝に終わった)
「冷静に振り返ってみて、これほどの業績を挙げたなんて自分でも信じられないくらいだよ。7階級制覇は名誉だ。歴史的なことだよね」
 試合後の会見では笑顔とともに事もなげにそう語ったパッキャオだが、しかしこの選手のやってきたことの凄さはもう言葉で形容できるレベルではない。

 1998年にはフライ級王座を獲得して世界的な意味でのキャリアをスタートさせた小さなファイターが、Jフェザー、フェザー、Jライト、ライト、Jウェルター、ウェルターと階級を上げ続け、その過程で多くのスター選手たちを葬り去ってきた。特にここ3試合ではオスカー・デラホーヤ、リッキー・ハットン、そしてコットをそれぞれKOで撃破。デラホーヤとの対戦が決まったときには「狂気の沙汰」と騒がれたのも今は昔である。コット戦では予想オッズもパッキャオ有利とされ、実際に勝利を収めても試合後には「順当勝ち」の空気が漂っていたのだから恐ろしいことだ。
(写真:パッキャオは軽量時からすでに多くのファンを動員する人気を誇る)

 こうなって来ると、パッキャオの前に立ちはだかる敵はもう1人しか残されていない。次に戦うべきは、デヴュー以来無敗を続け、5階級を制してきた天才フロイド・メイウェザーのみ。どちらも殿堂入り当確の現役最強王者同士による最終決戦の可能性が、これからますますクローズアップされてくるはずである。

「もしもメイウェザーが戦いたいのなら、もちろん私たちは受けて立つ」
 コット戦後にはパッキャオ陣営のフレディ・ローチ・トレーナーもそうコメント。試合後の記者会見にはコットが現れなかったこともあり、現場の話題も来るべきメイウェザー戦に集中した感があった。

 パッキャオ本人は「僕の仕事はファイトのみ。相手は陣営が決めることだよ」と語ったが、しかしこれまでどんな大きな挑戦にも笑顔で対処してきたのがこの選手。パウンド・フォー・パウンドの評価を二分する相手との対戦は望むところだろうし、彼の意思がこのビッグファイト実現の障害になることはあるまい。
(写真:パッキャオとフレディ・ローチ・トレーナー(右)は真の意味での「世界最高峰」にあと一歩まで迫ってきた)

 ただメイウェザー側の考えが不確かなのは事実である。メイウェザーは過去のビッグファイト前にも交渉時に様々な駆け引きを繰り広げることが多かった。
 報酬、ウェイト面などに異常にこだわりを示すクレバーなボクサーが、ビッグマネーを稼げることが確実とはいっても、一方でリスクも大きそうなパッキャオ戦にすんなりゴーサインを出すとも考え難い。世間の希望に反して、この大決戦はなかなか決定に至らず、パッキャオは代わりにシェーン・モズリーあたりとの対戦に向かうことになるのか……?

 だがそれでも「スポーツイラストレイテッド」誌のクリス・マニックス記者は、「メイウェザー対パッキャオ戦は間違いなく実現する」と断言している。
 そしてそのマニックス氏のコラム内では、「メイウェザーは対戦相手を好きに選べる位置にいるボクサー。だがこの期に及んでもしもパッキャオ戦を避ければ、世間からの批判は極めて激しいものとなるはず」という匿名の業界関係者の意見も紹介されている。確かに、その通りなのだろう。

 メイウェザーがファン・マヌエル・マルケス、パッキャオがコットとともに「準決勝」を戦い、それぞれが持ち味を発揮して勝利を飾った。両者ともにもう戦うべき相手は残っていないし、直接対決するには今がまさに最高のタイミングである。すでに会場にはヤンキースタジアムを候補に挙げる声も出始めている。

 前評判は巨大なものになるはずだし、ペイパービューの売り上げなどでも記録的な数字を残すことは確実。この決戦を、通常「世界最大のスポーツイベント」と呼ばれる「スーパーボウル」に例える者もいるくらいなのだから、米国内でどれほど待望されているかが知れるというものだろう。
(メイウェザー(写真)とパッキャオの対戦は「ここ10年で最も重要なファイト」とすでに話題を呼んでいる)

 メイウェザーも一次的にはゴネるだろうが、しかし世界中から押し寄せられる爆発的な期待度を感じては、さすがに後には引けまい。来年半ばか遅くとも年末までには、パッキャオと雌雄を決するリングに上がることになるはず。そしてそのとき、現代のリングは1つの大きな区切りを迎えることになる。

 今年4月、デラホーヤが引退した際、「これでクロスカルチャーの話題を呼ぶビッグファイトはしばらく開催されなくなるだろう」と多くのボクシング関係者は嘆いた。しかしそれからさほど時間が経たずに、実力、商品価値ともに現役トップ2と目されるボクサーが、ピークに近いと思える時期に激突する瞬間を私たちは目撃できるのかもしれないのだ。

 そういった意味で、これは実現して欲しいというよりも、絶対に実現せねばならない試合である。ファン、関係者のすべてが、どんな形で尽力してでも成立させねばならない。メイウェザー対パッキャオ戦は、まさに「我らの世代のスーパーファイト」なのである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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