9年振りの世界一を目指すヤンキースが、順調にアメリカンリーグ・チャンピオンシップ・シリーズに進出。今季ベストレコードを勝ち取った勢いを保ち、ワールドシリーズは目前に迫っている。
 しかし、ア・リーグ頂上決戦の相手は一筋縄ではない。ここで対戦するのは、西海岸の雄・エンジェルス。ヤンキースは今季中盤ごろからリーグのベストチームの称号を欲しいままにして来たが、エンジェルスもそれに続くNO.2の実力を持つと目される強豪である。
(写真:プレーオフ独特の緊張感はこのALCSで頂点に達するはずだ)
 加えてエンジェルスは、もう長い間「the team the Yankees never beat(ヤンキースが絶対に勝てないチーム)」と言われてきた。過去5年間、ヤンキース対エンジェルスの対戦成績はエンジェルスの33勝20敗。特に地元では圧倒的な強さを誇り、最近の25試合では18勝7敗。2002年と2005年にはプレーオフの地区シリーズで激突し、どちらもエンジェルスが勝利を収めている。

 今年の直接対決では5勝5敗のデッドイーブン。9月下旬の最後のシリーズではヤンキースが敵地で2勝1敗と勝ち越し、試合後にはマーク・テシェイラも笑顔で「これでもうエンジェルスについての質問に晒されないで済むね」と語っていた。しかし、その3試合にしてもどちらに転んでも不思議はない熱戦の連続で、「エンジェルス、負けてなお強し」と感じさせる内容だった。

「苦手の理由? はっきりとはわからない。ただエンジェルスの選手たちは正しい方法でプレーし、必要以上のことをやろうとはしないんだ。投手陣はストライクをいつでも投げられる。打線はスピードがあるし、小技が効く。ヤンキースに限らず誰にとってもやりづらいチームに違いないね」

 かつてはエンジェルスでもプレーしたホゼ・モリーナに尋ねると、そんな答えが返ってきた。確かにマイク・ソーシア監督の下でよく鍛えられたエンジェルスの選手たちは、バント、エンドランなども上手にこなし、修羅場での機転が利く勝負師たちばかり。大スター揃いだが攻守ともにやや大味なヤンキースにとって、相性の悪いスタイルだったのだろう。

 加えて今季のエンジェルスには絶対に勝たなければいけない理由がある。今年4月、投手陣最大のホープとされたニック・エイデンハートが事故死。今季初先発を終えた後、飲酒運転の車と激突するという悲劇的な最期だった。
 気落ちしたエンジェルスは4月は9勝13敗と苦戦。しかしその後、「エイデンハートの家族に優勝リングを捧げよう」を合言葉に急上昇を開始した。悲劇をバネにこの6年間で5度目の地区優勝を果たし、プレーオフ第1ラウンドではレッドソックスを3タテし、そしてついに晴れ舞台にまで駒を進めてきたのだ。

 ただ一方でヤンキースにも、今季は「自分たちの年」と信ずるに足る根拠が数多くある。昨季、プレーオフ逸の屈辱を味わい、その後のオフには4億2300万ドルをつぎ込む大補強を展開。明るい性格のCC・サバシアやAJ・バーネット、ニック・スウィッシャーが加わったことで、戦力アップはもちろん、かつてない強力なケミストリーを誇るチームが誕生した。

 名手テシェイラらの加入も大きく、ヤンキースの守備力は昨季までより大きく向上している。さらにベンチには韋駄天ブレッド・ガードナーが控え、過去数年は存在しなかった代走の切り札として確立した。
 ヤンキースの方もこれまでとはひと味違う。攻、守、走、ケミストリーとすべて揃い、エンジェルス越えを果たす準備も整ったと言えるのかもしれない。

 こうして、まさに実力伯仲の2チームが激突。熾烈な激闘の連続が必至のこの対戦を、「事実上のワールドシリーズ」と見る識者も多い。破竹の勢いで突っ走ってきたヤンキースは、ここで最大の試練を迎えるのだ。
 ここでいくつもの疑問が頭をよぎる。A・ロッドは今後も地区シリーズでみせた好調ぶりを保てるのか、その背後を打つ松井秀喜はサポート役をこなせるか、エンジェルスを苦手とするCC・サバシア(今季の対戦では0勝2敗、防御率6.08)はここでステップアップできるか、ホルヘ・ポサダ&ホゼ・モリーナの捕手陣はエンジェルス自慢の走攻を食い止め切れるのか……。
(写真:地区シリーズでは絶好調だったアレックス・ロドリゲスの打棒にも注目)

 具体的に戦力を比較すると、先発投手の層の厚さではエンジェルスが上回るが、逆にブルペンの力はヤンキースが断然上。打線は本塁打数はヤンキースの方が多いものの、チーム打率はエンジェルスの方が良い。総合力ではヤンキース優位というのが大方の見方だが、しかしその差はごく僅かに思える。

 そして、もし無理にでも予想を展開せねばならないなら、指揮官マイク・ソーシアの経験と知己、さらに未だに無視し難い相性の良さを買って、筆者はエンジェルスを選ぶ。今季逆転勝ちが47度という彼らの勝負度胸は本物。同じく接戦に強いヤンキース相手でも、一段上の力強さを見せつけ、終盤イニングに勝利へと繋げる方法を見つける可能性が高いように思う。
(写真:多くのヤンキースファンは久々のワールドシリーズ進出を信じて疑わないが……)

 いずれにしても、ともに自らが「運命のチーム」と信じる2強のうち、1チームはここで姿を消すことになる。栄冠に飢えたニューヨーカーは、そうなるのがヤンキースではないと信じているが、しかし・・・・・・。
 ときに気まぐれなベースボールの神は、今から1週間〜10日後、どちらの強豪を勝者に選ぶことになるのだろうか。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
◎バックナンバーはこちらから