トライアスロンのシーズンも終わりかけた11月、素敵なニュースが舞い込んできた。
「藍ちゃん、ワールドカップ優勝!」
 これだけ聞くと、ほとんどの日本人は女子ゴルフをイメージすると思うが、藍はアイでもこちらはトライアスロンの上田藍選手。北京オリンピック代表でもある彼女が、なんとメキシコで開催された「ITUトライアスロンワールドカップ ウアトゥルコ大会」で優勝したというのだ。
 世界との壁に挑み続けている日本のトライアスリートたちではあるが、そう簡単に牙城を崩せるはずもなく、過去にワールドカップで優勝した日本人は男子では田山寛豪選手、女子では井出樹里選手のみ。それも井出の場合はホームともいえる石垣島大会なので、アウエーで勝利を収めたのは田山に続いて日本人2人目の快挙だった。確かにシーズン後半でもあり、有力選手の参戦が少なかったことは事実。それでも環境、雰囲気ともに異なるメキシコの地で見事に勝利を収めた上田選手の走りは称賛に値する。

 昨年、アジア選手権を制し、オリンピックの舞台に立った彼女。しかし晴れの舞台で輝くことはできなかった。苦手のスイムで出遅れ、勝負に参加できないという悪いパターン。5位入賞を果たした井出の活躍の裏でロンドンでのリベンジを誓った。しかし、今年に入ってもなかなか悪いレース運びから脱することができない。今年一番のビックイベントだったワールドチャンピオンシリーズ横浜大会でも、期待を集めながらスイムから出遅れる展開。やはり勝負どころに彼女の姿はなかった。「スイムがかみ合ったら行けるのだけど……」と山根コーチも複雑な表情。得意のランを生かせぬパターンに、フラストレーションだけが溜まっていった。

 ところが、秋口からスイムの調子が上がってくる。特別な練習を積んだ訳ではなく、腐ることなく地味なトレーニングの繰り返しが功を奏したのか、他の選手に出遅れることがなくなってきた。10月18日に開催された日本選手権でも、井出や足立真梨子といったライバルとともにスイムを同時に終え、常に勝負できる位置でレースを展開した。この時はランで競り負けたが、確実にスイムの好調ぶりがうかがえたレースだった。「私の強みは、妥協をしない練習を継続できるところ。でも、弱みは頑固で苦手分野に対しての対応が柔軟でないところ」とは本人の弁だが、まさに、それを象徴するような今回のスイムへの対応だ。柔軟でなくて、粘り強く練習に取り組むことで苦手を克服してきていると言えるだろう。

 そして、今回のウアトゥルコ大会。「課題の多いスイムの調子が非常に良かったので、上位を狙えるチャンスだと、とても良い心理状態でレースに臨めた」。その自信通りに好調のスイムを上位でフィニッシュし、いい形でバイク、ランと展開。その余裕がランでのスパートにつながった。「バイクでの疲労が想像以上にあり、バイク・ランパートで何度か足が攣りそうになった。ランで辛うじて逃げ切った展開。今後、自分の理想とする“自分がレースを引っ張り展開していく”走りを実現していくために、筋力・体力面の強化、勝負強さの向上などを心技体すべての強化をしなければ」。喜びながらも彼女は次への課題設定を忘れてはいない。それでもこの大きな勝利は自信につながったはずだ。

「トライアスロンを始めてから、関東、国内、アジアと勝利するステージを一段一段上げていくことで、心身ともに力をつけてくることができたので、今回、W杯で優勝したことは大きな自信となった。私でも世界の舞台で勝負できるという可能性を感じることができたので、この勝利を起爆剤にして、来シーズンは1ステージ上のレベルとなる『世界選手権シリーズ』で表彰台を目指します」と力強いコメントも残した。コーチによる地道にステップを刻んでいく強化、参戦プランが確実に彼女の中での進化につながっているようだ。

「表彰式で国歌が流れ、“君が代”を各国の選手、観客、全ての人たちが聞き入っているのを表彰台の上から眺めている時に、(優勝の)実感が湧きました」と勝利を振り返った彼女はこれでシーズンオフを迎えた。まずは御両親を温泉旅行に招待したとか。どこまでも謙虚な彼女だが、「シーズン中にはできなった、服や家具などの買い物にいきたいですね〜」と女の子らしい一面もある。でも、すかさず「シーズン中にはできなかった細やかな部分のメニューを加えた練習がしたいです」って……。藍ちゃん、たまにはリラックスしないと……。

 そんなまじめな藍ちゃんの笑顔を、来シーズンも見てみたいものだ。

【上田藍プロフィール】
所属: シャクリー・グリーンタワー・稲毛インター
生年月日: 1983年10月26日(26歳)
身長/体重: 155cm/44kg
血液型: A型
出身地: 京都府
趣味: 好きな音楽を聞きながら絵を描くこと
>>オフィシャルサイト

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。
>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ
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