このたびコーチとして地元・香川に復帰することになりました。決め手となったのは、西田真二監督からのお誘いです。岡本克道前コーチが横浜の投手コーチに就任し、地元で指導するチャンスをいただきました。実はBCリーグ・福井ミラクルエレファンツの監督辞任後、他の独立リーグの指導者の話が来ていたのですが、今の僕があるのは広島を戦力外になった時に西田監督がアイランドリーグに呼んでいただいたおかげ。恩返しの意味も込めて、お引き受けすることにしました。
 香川で選手としてプレーし、指導者になった福井での2年間は僕にとって貴重な時間でした。特に今季は監督としてチーム全体を預かる立場になり、いろいろと悩みも多かったです。監督となれば投手交代はもちろんスタメンや攻撃に関して、あらゆる決断を求められます。投手は自分の経験から、まだ指導できますが、攻撃や守備、作戦面ではまだまだ引き出しがありません。チームは前後期とも最下位に沈み、監督の経験不足が出てしまったと反省しています。

 また福井での1年目は選手兼任だったこともあり、監督になった際の選手との距離感も苦労しました。僕も30歳になったばかりとはいえ、高卒や大卒の選手たちとは10歳前後、年齢が離れています。十年一昔という言葉もあるように、実際、指導者になると僕たちが選手時代に受けたやり方では通用しない部分が多々ありました。たとえば「監督や先輩の指導は絶対」との考え方。僕は「上からの指示は多少、理不尽でもやらなくてはいけない」との環境で育ってきました。叱られることもしょっちゅうで、「なにくそ」と反骨心を持って練習したものです。

 ところが最近の若い選手は自分のやり方にこだわります。「それじゃダメだ」と頭ごなしにいっても、言うことを聞いてくれません。不用意に叱り飛ばしてしまうと、ヘコんでヤル気を失ってしまいます。彼らを動かすには、目線を下げて話し、きちんと納得させる。福井では選手とのコミュニケーションについて、多くのことを学ばせてもらいました。

 さて3年ぶりに復帰する香川は今季、リーグ4連覇を逃しています。連覇に貢献した主力の多くはNPBの指名され、正直、戦力はダウンしている印象を受けました。ボールが反発係数の高いものにグレードアップしたとはいえ、今季のチーム防御率は3点台。僕が在籍していた2007年には防御率1.89だったことを考えると、投手王国の再構築が日本一奪回のカギを握ることは間違いありません。

 そのためには、まず選手たちの意識を変えることが必要です。今の若手の多くは優勝を経験しているとはいえ、主力としてチームを引っ張ったわけではありません。福井にいる時も智勝や洋輔から相談を受けたことがありましたが、チームの強さを自分たちの実力と勘違いされては困るのです。ここを踏まえた上で、自らどこを伸ばし、何を補えばいいか、目的を持たせて練習を行いたいと考えています。

 僕は選手としての道は諦めたものの、いずれは母校の四国学院大で指導したいという新たな夢を持っています。故郷のチームで実績を積むことは夢実現に向けての第一歩です。このところ香川は毎年、投手がNPB入りを果たしており、正直、プレッシャーはあります。ただ、スカウトが注目するような選手を育てることは、チームの勝利にも、ファンの注目を集める上でも大切です。今回のドラフトではいい補強ができましたから、現有戦力とうまく競わせながら強い投手陣をつくっていきたいと思っています。

 自分の色を出しつつ、選手を伸ばし、独立リーグ日本一に貢献する。これが来季の目標です。地元のみなさん、どうぞよろしくお願いします。


天野浩一(あまの・こういち)プロフィール>:香川オリーブガイナーズコーチ
1979年4月12日、香川県出身。高松東高、四国学院大を経て2002年、ドラフト10巡目で広島に入団。2年目には貴重な中継ぎとして49試合に登板した。06年オフに自由契約となり、翌年、香川に入団。前期は先発、後期はリリーバーとして41試合に登板し、7勝6敗13セーブの好成績で最多セーブを獲得。リーグ優勝および独立リーグ日本一に大きく貢献した。08年はプレーイングコーチとして福井に入団。23試合に登板し、0勝2敗8セーブと主に抑えとして活躍した。09年は藤田平前監督の後任として福井の指揮を執った。現役時代(NPB)の通算成績は121試合、5勝6敗、防御率4.45。


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