今秋のプロ野球ドラフト会議では83人の選手が指名を受けた。最後に名前を呼ばれたのが、ジャイアンツ育成5位の神田直輝である。
 彼が異色なのは国立大学の教育学部出身というだけではない。準硬式の野球部員なのだ。

「群馬大には硬式もありますが、準硬式の方が歴史もあるし、実力もある。硬式(野球部)と試合をやっても準硬式が勝ってしまうんです」
 話は聞いてみなければわからないものだ。

 群馬大と聞いて、思い出した選手がいる。私が「幻の天才スラッガー」と呼ぶ阿久沢毅だ。
 今から31年前のセンバツで、阿久沢とエース木暮洋のいる桐生高はベスト4に進出した・
 この大会で阿久沢は王貞治(早実)がマークして以来、実に20年ぶりとなる2試合連続ホームランを放ってみせた。
<2本の本塁打は最初が左翼、この日が右翼と打ち分けたのも当時の王にそっくり>
 当日の『朝日新聞』夕刊は、そう伝えている。
 阿久沢は早大に進むものと見られていた。木暮に付き添うかたちで早大のセレクションに参加し、安部球場の場外にスコンスコンとアーチを架けた。帰り際、野球部のマネージャーから受験に必要な手続きの説明を受けた。翌日のスポーツ紙には<阿久沢、早大入り>の見出しが躍った。
 しかし、彼が進路に選んだのは、群馬大だった。準硬式野球部に所属し、ホームランを量産した。

 阿久沢同様、神田も教師を目指して群馬大に進学した。前橋東時代は県大会初戦突破がやっとのピッチャーだった。
 しかし、ボールには光るものがあった。
「2月に保健体育専攻の入学試験があったんです。そこで初めて神田のピッチングを見ました。この時期にしては速くて低めにいいボールを投げていました。『こりゃ、伸びればおもしろいな』と思っていましたよ」(群馬大準硬式野球部・上條隆監督)
 大学に入って3年間、みっちりオフに筋力トレーニングを積んだことで、球速は5キロも伸びた。

 満を持して受けたジャイアンツの入団テストで実力を認められ、「他の球団は受けないでもらいたい」とまで言われた。
「君のようなサイドスローで投げるピッチャーはジャイアンツにはいない。その特徴を磨きなさい」
 入団発表後の食事会で神田は清武英利球団代表から直々に激励された。
「自分はこれまで強いところでやったことがない。だから、プロではどんなことを言われるのか、何が自分に足りないのかを知るのが楽しみなんです。球団もどれだけ伸びるかを僕に期待していると思います。まずは一生懸命やるだけですね」

 セ・リーグの新人王は昨年が山口鉄也、今年が松本哲也と2年続けてジャイアンツの育成選手が受賞した。ジャイアンツの育成枠は今やエリート養成コースである。

<この原稿は2009年12月20日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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