2009年も残りわずかとなりましたね。今シーズンのプロ野球界はWBC連覇に始まり、巨人の7年ぶりの日本一達成で幕を閉じました。その日本代表および巨人の指揮官として素晴らしい成績を収めた原辰徳監督は世界最優秀監督に輝きました。これはもう、日本球界の誇りといっていいでしょう。さて、2010年はどんなシーズンになるのでしょうか。開幕が待ち遠しくて仕方ありません。
 V9以来となるリーグ3連覇を果たし、日本の頂点に返り咲いた巨人。打線もさることながら、12球団一のチーム防御率(2.94)は素晴らしいのひと言に尽きます。その強固な投手陣を育て上げたのが、投手コーチの尾花高夫氏です。その尾花氏が横浜の監督に就任し、注目を浴びています。

 横浜といえば2年連続最下位、Bクラスは4年連続と低迷が続いています。しかし、その横浜が生え抜きでもない、球団にほとんど無関係の尾花氏を指揮官に選んだことで、私は横浜が球団再建に本腰を入れ始めたなと感じています。

 尾花氏といえば、これまで千葉ロッテ、ヤクルト、福岡ダイエー(現ソフトバンク)、そして巨人と優秀な投手陣を育て上げ、7度のリーグ優勝、4度の日本一に貢献してきました。周知の通り、コーチとしての手腕は非常に高いものがあります。

 私が尾花氏に対して印象に残っているのは、昨年のオークランド・アスレチックスとボストン・レッドソックスとのエキシビジョンマッチのことです。試合開始前の練習中、積極的に相手のピッチングコーチに話かけ、少しでも情報を得ようとしている尾花氏の姿がありました。こうした地道な努力は一朝一夕でできるものではありません。そして、選手の信頼感を得ることもできますし、何より自分自身が自信をもって選手たちにアドバイスができるわけです。

 さて、先述したように巨人は今シーズン、王座奪還を果たしました。その原動力となったのがやはり投手陣でしょう。先発、中継ぎ、抑えとそれぞれが自分の長所をいかしながら、きっちりと役割を果たしていましたね。特に山口鉄也、越智大祐はここ数年、本当に自信をもって投げているのがわかります。確かに彼らはもともと高い能力をもっていました。しかし、実戦でどこまで通用するかは未知数。その彼らに尾花氏はきっと自信をもたせるための細かい配慮を行ったのでしょう。今ではたとえ打たれたとしても、ある程度納得してマウンドを降りているように感じられるのです。

 こうしたコーチとしての手腕を買われ、横浜のチーム再建を託されたわけですが、やはり注目は投手陣をどう構築していくのかということに尽きるでしょう。今シーズンの横浜は防御率4.36とリーグワーストを記録しました。しかし、有能な若手ピッチャーはたくさんいます。山口俊などはその代表格といってもいいでしょう。最速157キロを誇るストレートは単にスピードだけでなく、ズドーンという重さがあります。インコースを狙う勇気もあり、これからの伸び次第では、球界を代表するクローザーになっても不思議ではありません。しかし、今シーズンまでの山口はストライクゾーンで勝負しすぎる傾向がありました。ボールも全体的に高い。左右高低をうまく使えるようになれば、化ける可能性は十分にある投手です。こうした発展途上の投手陣を尾花氏がどう一本立ちさせるのか。山口、越智のように彼らが成長する姿を見てみたいものですね。

 さて、現役監督の中にもう一人、投手出身の監督がいます。埼玉西武の渡辺久信監督です。渡辺監督は昨シーズン、就任1年目にして日本一を達成しました。とにかく「オレたちは勝つんだ」というがむしゃらさが、選手のモチベーションとマッチし、結果となって表れたのでしょう。

 一転、今シーズンは4位に低迷してしまいました。その要因として考えられるのは渡辺監督がより高いレベルの野球を求めたのに対して、実際には理想通りにはいかなかったということだと思います。おそらく渡辺監督が理想として描いていたことの半分もできなかったのではないでしょうか。

 渡辺監督が思い描く理想の野球とは、自分自身が現役時代を過ごした“黄金期”の西武に近づけること。先発投手がしっかりとゲームをつくり、打線はチャンスに確実にランナーを返すという野球です。今シーズンの東北楽天がまさにそうでしたね。打線では首位打者の鉄平が出塁し、主砲の山崎武司が返すというシーンが数多く見受けられましたが、これによって、投手陣は「最少失点に抑えれば、打線がなんとかしてくれる」と信頼して投げることができていました。そして投手陣が踏ん張ることによって、野手はさらに「なんとか得点をあげよう」という気持ちになります。後半戦の快進撃はまさにこうしたお互いの信頼関係がもたらした相乗効果だったといえるでしょう。

 これを年間を通してできたのが昨シーズンの西武でした。涌井秀章がエースとして一本立ちし、その他の投手がしっかりと脇をかためていました。打線の強さは周知の通りです。ところが、今年はそれができなかった。涌井(沢村賞、最多勝利投手)、中村剛也(最多本塁打、最多打点、ベストナイン)、中島裕之(最多安打、ベストナイン)、片岡易之(最多盗塁)と、昨シーズンに劣らないほどの個人タイトルを獲得しながら、チーム自体は5位。その最大の要因はやはりリリーフ陣を最後まで整備することができなかったことでしょう。特に抑えのグラマンが開幕早々に故障で戦線離脱したことが大きく響き、昨シーズンのような勝ちパターンを構築することができませんでした。

 これまで選手に全幅の信頼を寄せて自主性を重んじていた渡辺監督ですが、来シーズンはもちろん信頼しつつも、より厳しさを追求していくかもしれませんね。これまで同様、若手にチャンスを与えつつも、ある程度見切りをつけたら、さっと変えることもあるでしょう。しかし、それが選手に危機感をもたらし、成長を促すことになるのです。

 そして監督と選手の間に不可欠なのがコミュニケーションです。それは私が現役時代に感じたことでもあります。私も近鉄時代、投手出身の監督のもとで野球をしたことがあります。往年の大投手、鈴木啓示さんです。もちろん、鈴木さんにもチームへの熱意があることはわかっていましたし、理想とするチーム像、戦略があったはずです。しかし、当時の僕たち選手にはそれがなかなか伝わってきませんでした。

 というのも、前年まで仰木彬(故人)さんが指揮を執っていた近鉄では、選手がそれぞれ勝利への意識を高くもっていました。「こうすれば勝てる」「こうしなければダメだ」というような勝つためのビジョンが出来上がっており、それぞれの役割がはっきりしていたのです。ところが、僕たち選手にとって鈴木さんはあまりにも大きな存在で、なかなか自分たちから近づくことができなかったのです。だから鈴木さんがどんなこと考え、自分たちに何を求めているのかが今ひとつはっきりしませんでした。今思えば、もっと鈴木さんの体験談を聞きたかったですね。

 私見を述べれば、監督として成功するか否かはゲームの流れをいち早く把握し、どれだけ先見の目をもって指揮することができるかにあると思います。その点、尾花監督も渡辺監督も、先発だけでなく、常に試合の流れを読まなければならないリリーフ経験がありますので、視野の広さや先を見越す力というのは十分にあるはずです。あとは彼らが立てたビジョンにどれだけ選手が反応するか。そのためにも、やはり監督と選手との意思疎通が大事になってきます。特に指揮官として初めて采配をふるう尾花監督が、勝ちに飢えている横浜の選手に対してどう接し、どんなチームに仕上げるのか。その手腕に注目したいと思います。



佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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