2009〜10年のNFLシーズンも大詰めを迎え、今週末からついにプレーオフの戦いに突入する。
 今季は絶対的な本命が存在せず、サンディエゴ・チャージャーズ、インディアナポリス・コルツ、ダラス・カウボーイズらが横一線との下馬評。予断を許さない激戦が1回戦から続きそうだが、そんな群雄割拠の中で、最もドラマチックな流れでこのプレーオフにたどり着いたのがAFC第5シードのニューヨーク・ジェッツである。
(写真:この時期は全米各地がNFLフィーバーに包まれる)
 ジェッツはNFLでチームを率いたキャリアのないレックス・ライアンを新HCに据え、ドラフト1位のマーク・サンチェスをエースQBに抜擢し、フレッシュな陣容で今季に臨んだ。将来に希望を抱けるチームではあるが、あまりに経験不足な体制ではいきなりの上位進出は望み薄。いかにせっかちなニューヨークの街でも、今季のジェッツに関しては、来季以降に繋がる戦いぶりを見せてくれれば御の字と目されていたのが事実だった。

 案の定、開幕3連勝と好スタートを切ったのも束の間、ジェッツはその後の7試合で6敗と失速。サンチェスはやはりチームをコントロールし切れず、攻撃陣は得点力不足に悩んだ。15週目を迎えた時点でも、まだ7勝7敗と苦戦。
「これで私たちがプレーオフに進む芽が絶たれてしまった。非常に残念だ」
 7敗目を喫した12月20日のファルコンズ戦後には、可能性が完全に潰えたと勘違いしたライアンが報道陣の前でそうこぼしたほどだ。実際に自力でのポストシーズン進出は不可能な位置に追い込まれ、終戦ムードばかりが漂っていた。

 ただそこから先、ドミノ現象的に起こったことは、ほとんど「ミラクル」としか言いようがない。まず12月27日の第16週に、ジェッツより上位につけていたボルチモア・レイブンズ、マイアミ・ドルフィンズ、ジャクソンビル・ジャグワーズ、テネシー・タイタンズがすべて敗北。
 そしてその日、ジェッツはそれまで14戦全勝を続けていたコルツと対戦し、やはり前半を終えてリードを許していた。ところがプレーオフに向けて主力を休ませたかったコルツは、後半にエースQBペイトン・マニングらを交代させる意外な策を敢行。いわば「二軍相手」の戦いとなったジェッツは、まんまと逆転に成功し、結果的に格上相手に予想外の快勝を飾ったのである。

 幸運はさらに続く。ジェッツの17週目(シーズン最終戦)の対戦相手はシンシナティ・ベンガルズ。すでにプレーオフ進出を決めていたため、試合に気が入らなかったのもやむを得ないところだった。一方で失うものはないジェッツはゲーム序盤から攻勢をかけ、37−0でベンガルズを完全に粉砕。
 これで9勝7敗となったジェッツは、まさに大逆転でプレーオフ第5シードの確保に成功した。「すべてがうまくいく」奇跡のシナリオが現実となり、晴れて今週から始まる決戦にエントリーできることになったのである。
(写真:ジェッツの大逆転でのプレーオフ進出をNY地元紙も大々的に伝えた)

「ベンガルズのプレーにはがっかりだ」
 同じくワイルドカードを争っていたヒューストン・テキサンズのオーナーがそうこぼした通り、この最終2週の展開はNFLに大きな波紋を呼び起こした。「プロスポーツなのだから常に全力のプレーを見せる義務があるのでは?」という意見はもっともだろうし、脱落したチームが一言述べたくなるのも当然。そしてたなぼたの形でプレーオフに進出したジェッツに対し、「助けられての勝ち抜き」と陰口を叩くものが多いのも事実である。

 ただ、幸運だったことは否めないものの、それでもジェッツはここにきて大きく調子を上げている感があるのも確かだ。
 今季最後の6戦で5勝。その1敗も最終クォーターにまさかの大逆転を喰らったもので、事実上はゲームを支配した内容だった。守備、ラン攻撃でともにリーグ1位というのも好材料。「ディフェンス」「ラン」「勢い」と、この時期の戦いでは重要な3要素を備えているのは大きい。
(写真:ジェッツの選手たちに対する期待は日に日に高まっている)

「私たちは危険なチーム。誰もプレーオフでウチとは対戦したくはないだろう」とのライアンHCの言葉通り、どの強豪にとっても組みし難いチームであることは間違いない。さらにジェッツにはラッキーなことに、プレーオフ1回戦で対戦するのは前週に対戦したばかりのベンガルズなのだ。

「たとえ同じベンガルズだとしても、今週に対戦するのは別のチーム。彼らを軽く見る権利など私たちは有していない。これはプレーオフなのだから」とライアンは気を引き締める。しかし粉砕したばかりの相手との時間を置かずしての再戦では、勝ったばかりのチームの方が精神的に絶対優位なはずである。ここにきて、本当にあらゆることがジェッツに良い方向に流れている感があるのだ。
(写真:当初は冷静だったジェッツファンも意気盛んだ)

 もちろんベンガルズに勝ったところで、その後には優勝候補の筆頭、コルツ、チャージャーズとの対戦が待ち受けている。鍵を握るQBサンチェスが未だ不安定なプレーを続けていることもあり、未だにジェッツを「スーパーボウル進出候補」などとは推しづらいのが現実だ。

 ただ……過去2年のNFLでは、一昨年のニューヨーク・ジャイアンツ、昨年のアリゾナ・カージナルスと、無印だった下位シードチームが意外な快進撃で頂上決戦にたどり着いている。その後を受けて、すべての幸運に恵まれている感のあるジェッツに、ニューヨーカーが夢の再現を期待してしまうのもやむを得ないところだろう。
 まずは今週末、ジェッツの上り調子はまだ続くのかどうか。ここでベンガルズを再び圧倒出来れば、2009〜10年版ミラクルチームの周囲を包むBUZZ(興奮した噂話)はさらに大きくなりそうな気配である。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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